飛行機のドアから男が飛び降りた。私も彼に続いて体を宙に投げ出した。先にダイブしたインストラクターの彼が体を大の字にして私を待っていた。地面はずっと遠いところにあった。

 私も彼と同じ高度まで落ちると、手足を広げて空気抵抗を増やした。インストラクターの彼は私と目が合うと、奥歯が見える大きな笑みを私に向けた。「どうだ、最高だろ」と言いた気な顔をしている。私は親指を立てて彼に笑みを返した。

 体中が刺激に満たされていた。私はスカイダイビングを存分に楽しんだ。手を少し動かしただけで体はとんでもない速さで右へ左へ、あるいは真っ逆様へ飛んでいく。

 インストラクターの彼が紐を引っ張るようにジェスチャーをした。地面はまだかすむほど遠い。今日は初めての単独ダイビングなので、高い位置でパラシュートを開くようにと言われていた。

 私は後ろ髪を引かれる思いでパラシュートの紐を引いた。背中に背負ったバックパックからパラシュートが出て行く。そのすぐ後に体が強引に上へ持ち上げられる衝撃が襲ってきた。

 地面はまだかなり遠い場所にあった。落ちるというよりは、浮いているという感じで、さっきまで体を包んでいた刺激が冷めていった。

 インストラクターの彼はパラシュートを開いて、あんぐりと口を開けて私のパラシュートを見上げていた。一体何だろうと私も彼の視線を追ってパラシュートを見上げた。

 私はパラシュートではなく、巨大なイカにぶらさがっていた。テレビでよく見る大王イカより大きいかもしれない。イカは胴体を大きく膨らませていて、二本の巨大な足は私の体に巻き付いていた。

 イカが胴体を膨らませると落下速度が遅くなり、体を縮めると落下が速くなった。計ったわけではないが縮んでいる時間の方が長い。この速度で落ちれば私はイカ共々地面に強く叩きつけられて無事ではいられないだろう。

 タコに吸い付かれた時は吸盤をつまむと勝手に剥がれるとTVで見たことがある。私はイカの巨大な吸盤を掴んだ。キュポッと小気味の良い音を立てて吸盤が外れた。

 キュポッ、キュポッ、キュポッ

 私はその調子で全ての吸盤を外した。私は宙に投げ出されて地面に向かって加速していく。イカの体があっという間に遠くへ離れていった。

 私はもう一本の紐を引っ張った。すると腹に巻いた予備のパラシュートが開き、また宙に浮いた。今度はイカでなくちゃんとしたパラシュートだった。

 私はその後もスカイダイビングを続け、何度もパラシュートを開いたが、巨大イカが出てきたのはあれが最初で最後だった。

(おわり)