愚者空間

牛野小雪のサイトです。 小説の紹介や雑記を置いています。 あと短い話とか。

 今週は2ページしか進まなかった。本当に進まなくて嫌になる。でも不毛の砂漠を歩き続けなければ先へ進むことはできない。書けない時間を通り過ぎないと書けるようにはならない。どうやったらこの部分をやり通すことができるだろう。

 今まではword上の文字数で進捗を測っていた。去年から書いていた『ペンギンと太陽』はノートに書いていたので、カウント上は0の日がずっと続いていたが、実際はノートを書き進めていたわけで、書いたページ数を計測するようになってからはかなり気持ちが楽になった。進んでいる感はとても大事だ。ヘミングウェイだって毎日続きが書けそうなところで筆を止めていたほどだ。

 書けなくても机の前に座っていることが大事だ。そうすればいつか書けるようになる。ゲームをしたって勝手に小説は進まない。しかし机の前に座っているのをどうやって計測すればいいだろう? 単純に時間を計測することは可能だけれど、机の前に座りながらマンガを読んだりゲームをしたりすることは可能だ。それに時間を評価軸にすると「24時間戦えますか?」が最適解になってしまう。

 机の前に座って書けなくてもじっと小説と向き合うことが肝だ。ここを捉えることができれば今より書けるようになることは分かっているが、それをどう観測すればいいのかは分からない。精神を形にすることはできないからだ。間違った評価基準では間違った方向へ最適化されてしまうし、評価される場所が目に見えるところだけならば、書けない日が続くと腐ってしまう。しかしその部分も執筆には欠かせないものだ。人を評価することは自分のことでさえ難しい。

(おわり)

牛野小雪のページ


このエントリーをはてなブックマークに追加

 時々ニュースやネットの政治ネタで燃え上がる保育園の話だが、そのたびに(保育園とは何するものぞ)という疑問が湧き、そのままにしたまま30の半ばを超えてしまった。もちろん保育園の存在は知っていて(っていうか近所にあるし)、親が小さな子どもを預ける場所というのは知っていたが、幼稚園との違いはさっぱり分からなかったし、なんなら幼稚園=保育園と思っていたので、呼び方の違いも学校と学園みたいなものだと思っていた。

 人は時に気まぐれを起こす。ふとどういうわけか『保育園 幼稚園 違い』で検索すると、保育園は0~5歳児を預ける場所で、幼稚園は3~5歳を預ける場所だと分かった。ふむ、たしかに幼稚園の時に赤ちゃんはいなかったな。幼稚園と保育園は共に教育の場でもあるが、保育園は養育も含まれている。いやいやちょっと待て。小学校1年生の時に7歳だった記憶があるんだが、間の一年はどこへ行った? 頭がバグりそうだ。5歳に入学して年少+年長の2年で7歳になってから小学校? 3歳から入った場合は5歳から小学校か? いやそれは絶対にない。それとも4年通う? うおおおおお、分からん! 幼少戦線複雑怪奇なり。

 保育園は誰でも入れるわけではなく、かく言う私も保育園の記憶はない。歩いて10分の場所に保育園があるのにどうして私は行かなかったのか親に聞いてみると抽選から漏れたそうだ。時代を先取りしていたらしい。幼稚園は原則誰でも入れるので「幼稚園入れなかった、日本死ね」みたいなことはないようだ。これはたぶんそれは制度的な問題で、0歳児3人につき、保育士1人が見なければならないので、人材不足に陥るのは疑いようもなく、おそらく3~5歳(こっちは30人に1人でいい)は問題もなく入れるのではと予想する。入れなかったら幼稚園に行けばいいわけだし。つまり保育園問題は生まれてすぐのひよこちゃん達の預け先がないという問題だと見た。

 待機児童の数を検索すると2020年は約12000人いるらしい。これを全部0歳児と仮定すると、解消するには4000人の保育士が必要で、保育士の給与はだいたい315万円。ざっと合計すると126億円/年。しかもありがたいことにこの126億円は少子化によって年々減少していく。保育士だけいても仕方ないが、建物は一度建てれば何十年も使うし、そんなに数も必要ないだろう。今ある物をつかってもいい。個人で見れば126億円は途方もない額だが国家予算で見れば微々たるものだ。その気になればすぐに解決するんじゃない? だってラプター1機分だぜ?

 ちなみにうちの近所の保育園はがらっがらである。車輪の付いたカゴに子どもたちを乗せて道を歩いているのを時々見かけるが大人の数が多いように見える。それもそのはずさっき待機児童を検索した時に、私の住んでいる場所は待機児童数は0だとグーグルちゃんが教えてくれた。徳島県でも待機児童ぐらいいるが、徳島市ぐらいにしかいない。鳴門市でさえ0だそうだ。保育園問題も主戦場は東京みたいな都市圏なのだな。地方分権とかいうなら、まずは司法立法経済を東京大阪福岡に分散すればいいのに。それかもっと道路通そう! 徳島県に広い道をいっぱい作ってくれぇ! 物流が良くなったら景気が良くなる、というのは建前で、車を気持ちよく運転したいだけ。でも、そんなことを言ってくれる政治家っていないよね。みんな当り障りのないことしか言わない。車を買った時についてくる標準オプションみたいなものだ。外すことはできないし、さらに悪いことにまともに走らない可能性もある。せめてもっと個人的な話に焦点を当てた政治家が出て欲しいね。小説を買う時は50%キャッシュバックされるとかさ。毎月図書カードが5000円とか、そんな感じの。まずは徳島県で試してみませんか。人口が少ないのでおすすめですよ。

(おわり)

牛野小雪の小説はこちらから→Kindleストア:牛野小雪
このエントリーをはてなブックマークに追加

 日曜日のシューイチという番組で、アイドルのオーディション?みたいな企画を追っているものがあって、その中で歌唱力のテストがあってヨルシカの『ただ君に晴れ』を歌わせているシーンがあって、一人の女の子が指導教官に「この曲はそんな歌だっけ? もっと明るいでしょ?」と言われていたんだけど、私は(これ明るいか?)と思っていた。YOUTUBEで歌詞を見ても、君がいない喪失感を表現しているようで、やっぱり明るいとは思えなかった。暗いというのも違っていて、う~ん、それはたぶん寂しさだと思う。そういう意味では女の子の方が正しいように思った。ネットでも同じ感想を持っている人が何人かいた。




 ただメロディーは明るめだ。ジャニーズの前の社長の人も「明るい曲は暗く、暗い曲は明るく歌え」って言っていたような気がする(間違っていたらごめん)。歌詞に沿うなら暗いし、メロディーに沿うなら明るい。歌をパフォーマンスとして捉えるなら指導教官の方が正しいと納得できた。女の子の方は歌を歌詞として捉えていたのだろう。

 歌は歌詞なのかメロディーなのか。賢しげな人はどっちもなんて言うだろうけど、大多数の人にとっては歌詞なのではないかな。歌詞のフレーズが引用されることはあっても、メロディーが引用されることはまずない。メロディーは言語化できないという理由はあるけれど、口頭でメロディーが話題になることはない。おそらくメロディーで盛り上がれるのは音楽関係の人だけ。

 それで言えば小説の文体も話題に上らないね。文体は何ぞやと問われても言語化するのは不可能だが確実に存在する。メロディーなみの確度だ。しかし文体はどこで感じているのだろう? メロディーは耳、文体は目? 私は鼻と思っているのだが他の人はどうですか?

(おわり)

追記:文体が話題になることはない、でも文体が大事だ。と村上春樹は言ってた(何を語るかではなく、どう語るかが大事というのは私も同意見だ。)。そもそも語るには言語化する必要があって、言語化できなないなら語ることもできない。せいぜいあれは良い、あれは悪いと印象を語るぐらいしかできない。もしかすると音楽関係者の間でもメロディーが語られることはないのかな。一応比喩で語ることは可能だが、日本語って何故かあんまり比喩表現ないよね。あったとしても稚拙な場合が多く、ケチがつきやすい。いま日本語で小説を書いている存命の作家では村上春樹が一番上手いと私は思っているが比喩表現は無理しているように感じる。だからこそ日本語の表現の幅を広げようとしているとも捉えられる。
 欧米人は何でも比喩するのが好きって印象があるし、使い方もこなれている。日本人は非言語的なコミュニケーションを多くとっているというが、非言語を言語化するのは欧米人がうまいのではないか。空気を空気のままにしない。もちろん全てをそうできているわけではないが、基本的には『はじめに言葉ありき』の文化なのだろう。言葉 is GOD。ネットで世界が均一になったと言われるが外国から学べることはまだまだある。
 あと、どうでもいいだろうけれど、牛野小雪は内容は暗いけど文体は明るいんじゃないかってレビューを見ていて思う。笑いながら読んでくれたらいいんじゃないかな。

追記2:日本は空気 is GODの国だけど、たいてい空気という言葉は悪い意味で使われる。でもなんだかんだで先進国の中に入っているんだから、まんざら空気が悪いわけでもないのだろう。空気を資源と捉えれば良いようにも使えるはずだ。空気を空気のまま書き進めていくのが日本文学の本道なのかもしれない。

ただ君に晴れ
U&R records
2018-09-01









牛野小雪の小説はこちらから→Kindleストア:牛野小雪


このエントリーをはてなブックマークに追加

『ずっとやりたかったことをやりなさい』というワークブックを7週間続けた。これといって劇的な変化はないけれど分かったことはある。このワークブックは想像性全体を伸ばすもので、小説が書けるようになる本ではないということ。ピザやケーキを焼いたり、部屋の模様替えをしたり、庭に木を植えたり、新しい人の曲を買ったり、まぁそんな感じのことをやっていて、小説を書くという行為だけで見るならば、やっぱり雑感帳の方が良いように思われる。

 でも記録を残すというのは面白いものだ。『生存回路』を書き始めてから数年は書けない日がなかったが『ペンギンと太陽』からまた書けない日を味わっている。いや、本当に今週は全然だった。そういうことをモーニングノートに毎日書いていると、執筆って元々七転八倒しながら書くものだったじゃないかと思い出せることもある。

 先週はAIと統計分析の本を読んでいて、前からシンギラリティ()機械学習()なんて思っていたけれど、やっぱりそうだと確信を強めた。ここ数年はディープラーニングという言葉が流行っているけれど、やっていることは統計分析と検索でしかない。とはいえ、人間も実は生きた検索機械なのかもしれない。そもそも現代の科学では人間が思考しているかどうか分からないのだから、機械に知能があるかも分かりようがないし、もしかしたら人間が思考しているかどうか分からないのは思考していないからかもしれないしね。僕達はみんなウォーキングデッド。哲学的ゾンビだ。既に全ての物語は書かれてしまったという言葉があるように自分の小説を読んでいても、過去の小説に類似しているところはいくつもある。意地悪な人に言わせればオリジナリティなんて0かもしれない。自分はまだ自分の物語を書いていると信じてはいたいけどね。たぶん他の人も同じだと思うし、それは二次創作している人でそうだろうし、もしそう思えないのならどんな物も書けない気がするな。自己肯定感が執筆の燃料だ。

 なんてことを書いても、今週は全然だった。何回も書くけど本当全然だ。先月は10月にはもう書き終わっているだろうな、なんて考えていたが、今月は来年になっても終わらないかもしれないぞ、と思っている。何にも書けない時は過去の記録をさかのぼることにしている。その日に書いた量、食べたもの、使ったお金、筋トレしたかどうか、全てを記録しているわけではないが気が付いた物は何でも記録している。でも読んだ本は記録してないな。なんでだろう? AIといえばgoogleだ。google自体もAIを作っているが、解析の指標としてgoogleのデータがよく出てくる。というか、たぶん絶対に出てくる。
googleすげえな、といつも感心していたのだが、ふと自分の情報もgoogleにあるんじゃないかと調べてみる。まずは『google マイアクティビティ』で検索、っと‥‥‥ 

うわあああああああああああ!

 googleヤバすぎぃ! GAFAとか言っているけどG一強じゃねえか! SNSのログインもAmazonの履歴も残ってる! おまけにソシャゲーのログイン記録まで残ってる! こりゃアメリカでGAFAを規制する議論が起こるのも分かるわ。中国共産党より人のプライパシーに踏み込んでる。利便性をペイしてくれていなかったらギロチンにかけられていてもおかしくはない。と、一通り驚いた後でグーグルマップのタイムラインという機能で私がいつどこへ行ったのかという情報を見てみた(行った場所で撮った写真まで見せてくれる)。それでふとひらめいて、執筆がはかどり始めた転換点を確認してみる。やっぱり。毎日4ページ書ける流れになった前日には車で100km以上移動している。もしかしたら車で移動した分だけ小説が書けるのかもしれない。絶対に論理が繋がらないけれど、機械学習的にはそういうことだろう? 帰納法だ。そこで私の中にあるAIが「よし、お前。データを取るために今日は100km以上車で走ってみろ」とささやく。というわけで今日はこのあと車を洗って、2時間ほどドライブするつもりだ。

二時間だけのバカンス [feat. 椎名林檎]

 googleに何もかも握られているけれど、どうせ握られているなら有効活用しない手はない。毒を食らわば皿までだ。自分を分析するツールとして使ってやる。

(おわり)

追記:100km以上のドライブと小説は繋がりそうにないけれど、私の小説は主人公がよく移動するし、なんなら移動中の時の方が筆がノリノリの様な気がしないでもない。私はドライブしている感じを小説で書いているのかもしれない。自分ではそう思わないけど。

ずっとやりたかったことを、やりなさい。
ジュリア・キャメロン
サンマーク出版
2012-11-05


追記2:『ペンギンと太陽』のまえがきとあとがきに引用してくれと書いたのには理由がある。コロナウィルスみたいに小説を拡散するにはどうすればいいのかと考えて、ウィルスみたいにコピーされたら拡散するのではないかと考えた。これは『ペンギンと太陽』にルル子さんの世界一のファッションデザイナーについての考えで既に書いていたと後で気付いた。ただコピーされるだけだと免疫ができるので、読者のコメントがあればそれが多様性を担保して免疫ができるのを防げるのではないかとも考えた。作中のセンテンスは遺伝子で、コメントは突然変異だ。これでコロナウィルスみたいに感染を広げてやるぞと計画していたのだが、パンデミックは起こらずに収束。いや~まいった。こんな恥をあえて書くのも『ずっとやりたかったことをやりなさい』に喪失を受け止めるというワークがあるからで、私はジュリア・キャメロンにすっかりハマっているのである。『タクシードライバー 』の監督マーティン・スコセッシもこのメソッドを使っているらしい。いつかモーニングノートで小説に辿り着くことはあるのだろうか? なんかケーキとかスコーンばっかり焼いている‥‥‥。5年後、私はお菓子屋になっていたりしてね。



タクシードライバー (字幕版)
シビル・シェパード
2010-10-01



牛野小雪の小説はこちらから→Kindleストア:牛野小雪
このエントリーをはてなブックマークに追加

 ここ最近は起きてすぐにモーニングノートというものを書いている。『ずっとやりたかったことをやりなさい』というワークブック系の自己啓発書に書いてある最初の課題だ。30分でA4のノートを3ページを書くという内容で、手書きで執筆したことのある人ならかなりハードな課題だと理解できるはず。(冗談だろ!?)と読んでいる時にツッコミを入れたが、やればやれるものだ。でもやっぱりハードだ。書いた後は手と肩がめちゃくちゃ痛い。30分で3ページは考える時間がないので、30分間ずっと書きっぱなし。むしろ考えてはいけないから、こんなにハードな時間配分なのだろう。書く内容は何でもよくて、思いついたことを何でも書く、書くことが無いなら『書くことが何もない』でもいいから30分で3ページを埋める。何度も言うがかなりハードだ。そうやって言語野を打ち倒して、心の深いところから言葉を引っ張り出してくるのが目的らしい。

 どうやったら無意識を記述できるかを考えて、ここに至ったわけだがモーニングノートを書いている時に、これって私が今まで書いてきた雑感帳に似ているぞ、と気付いた。ターンワールドの頃から執筆中に思いついたこと、感じたこと、考えたことをノートに書いてきて、別にそこからクリティカルなアイデアが生まれたことはないのだが、経験則で雑感帳を書けば小説も書けると分かってきたので、season3からは執筆する時間を減らして毎日1ページ書くのを課題にした。そうしたらもっと書けるようになった。世の中には直感に反する理不尽な真実があるのだ。

 ここまでハードではないが、既に入り口までは自力で到達していた。30分で3ページを自力で編み出せたとは思えないが、惜しいところまでは行っていた。人間、求めたものが手に入るとは限らないが、近づくことはできる。いや、そもそもモーニングノート書いたからといって小説が書けるようになるとまだ決まったわけではないんだけどね(12週間のワークブックで、まだ1週間も経っていない。)。でも感覚としては雑感帳をよくかけた時の感じをさらに高回転で回したような感じがあるので、何か変化があるのではないかと期待している。なかったら、おバカな作家が一人誕生したというだけの話だ。

 今のペースだとワークブックをやり終わった頃に執筆が終わりそうだから、効果が目に見えるのは次に書く物になるんだろうなぁ。もっと早くに出会いたかった。でも今回のもけっこう変わった物を書けている気はしてる。雑感帳は書いていたわけだし、3分の1ぐらいは効果があったはずだ。

(おわり)

ずっとやりたかったことを、やりなさい。
ジュリア・キャメロン
サンマーク出版
2012-11-05




牛野小雪の小説はこちらから→Kindleストア:牛野小雪


このエントリーをはてなブックマークに追加

 男が右手に持っていた斧を持ち替えてドアを開くと冷たさが顔を撫でた。性悪女がからかって息を吹きかけたようだ。

 家の周りは森に囲まれていて、どの木も降り続く雪で白くなっている。

「やけに寒いな」

 男は独り言を言った。ドアのそばに斧を立てかけ、家に入る前に帽子や服に積もった雪を払った。
 男は家に入ると椅子や机の下に目をやった。

「そんなところにいたのか。ステーキになっちまうぞ」

 男はストーブの天板の上に横たわる黒猫を見た。ストーブの窓を覗くと火は点いていない。木は焦げていたが、まだほとんど残っていた。家を出る前に点けたままにしておいたが途中で消えてしまったらしい。

「ドリス」

 男は猫の名前を読んで背中を撫でたが、猫は窓の外を見たまま動こうともしない。死んだかもしれないと男は思った。ほっとしたぬくもりのようなものが胸に一瞬広がるが、猫の顔を覗くと目は黄金のように黄色く輝いていた。長年凝り固まった憎しみが、氷のように固まったような目つきが男を射抜いている。

「寒いな。ずっとそこにいたのか」

 頭をなでると猫は迷惑そうに顔を背けてストーブから降りた。

「こっちへ来い。お互いに暖め合おう。俺も石みたいに冷えてしまった」

 猫は窓枠に飛び移ると、何も言わずにずっと外を見続けていた。手の中にさっき撫でた猫のぬくもりがまだ残っている。

「やれやれ、このままだと二人とも凍え死んでしまうな」

 男はストーブの窓を開けた。木はやはり炭になっていたが、まだ男の太ももぐらい残っている。火を点ければ数時間はもつだろう。

 男はためいきをついて椅子にもたれこんだ。男が帰ってきた時は家中にある物がコトコトと音を立てて振動していたが、今は寒さに動きを吸い取られて、猫の歩く音が聞こえそうなほど静かだった。

「さて、どうする? 一度は体を暖めないとまた外には出られないぞ」

 男が声をかけると、猫は耳を一度動かしただけで、やはり窓の外に顔も体も向けたままだった。

 男は息を強く吐いた。自分の手で自分の腕をこすり、椅子から立ち上がると「たきつけの枝を拾ってくる」と言って、家を出た。

 外は一面雪一色で、木の下にさえ雪が積もっていた。男以外に生きている者はいないのか、辺りは何の音もしない。

 男は静寂の世界に向かって歩き出した。

 毎日拾っているので、たきつけにちょうどいい枝は家の近くには落ちていない。男は森の中へ入っていった。

 ただ歩くだけでは枝を見つけられないので、男は雪の薄そうなところを見つけると、そこを掘った。かすかな盛り上がりがあると、たいていそこには何かが埋まっている。ただしどこにでもあるわけでもない。

 男は勘を頼りに枝を拾い集めていた。ふと気付けば雪が降り始め、辺りは暗くなっていた。

「そろそろ帰らなければならない。今夜の分の枝はある。明日の朝はまたその時、拾えばいい」

 狼の鳴き声が遠くで聞こえた。

「斧を持ってくるのを忘れた。たきつけの枝じゃ猫も殺せないぞ」

 雪は強さを増した。視界が真っ白になるが、その背景は真っ暗になっている。

「いつの間にか暗くなったらしい。欲張ったのがいけない。夜の分だけ集めれば良かったんだ」

 男が家のある方へ帰ろうとしていると、また狼の鳴き声が聞こえた。さっきより近い。

「さっきは音の響きが森から降ってきたが、今のはまっすぐ響いてきた。どうやらあいつは俺が見える場所にいるらしい」男は辺りを見回した。「だが俺からは奴が見えない。きっと灰色の体で雪の上に伏せているんだろう」

 男が足を向けていた方向へ顔を戻すと、心臓にきゅっと冷たい血が流れ込んできた。目の前は真っ白で、さっきまで森の隙間に見えていた家が見えなくなっていた。

「おちつけ。狼ってのは臆病者が好きなんだ。自分と同じだからな。根性のあるやつには近付けないんだ。お前なんか恐くない、道にも迷っていないぞって態度でいれば、たとえ向こうが10匹いたって襲えるもんか」

 男はただ目の前に向かって歩いた。雪の盛り上がっているところがあったので、掘ってみると細い枝を見つけた。

「そうさ。俺が立ち止まったのは枝を拾うためだ。お前も見ていただろう?」

 男の声に応えるようにまた狼の鳴き声がした。さっきより近くなっていた。もしかしたらもうすぐそばにいるかもしれないが、男は顔を前に向けた。

「俺は恐がっていないぞ。迷ってもいない。しかしどうしたものかな。やみくもに歩き続けていれば、向こうの方で俺が道に迷っていると気付くかもしれん。いつの間にか同じ道を歩いているなんてこともありえるかもしれないからな。いや、俺は狼を恐れているのか? そうだ。恐れている。だから恐れないようにしている。奴の鳴き声から離れていこう。そうすれば、すぐには奴の姿を見ないで済むだろう」

 進む方向が決まると男の足取りは確かになった。

「ほらな。鳴き声が聞こえなくなった。あいつらはよだれを垂らすほど臆病が大好きなんだ。きっと今頃はしょげかえっているだろう。それにしてもここにドリスがいなくてよかった。もし狼に襲われたら2人とも死ぬことになる。しかし俺が死んだらあいつはどうなるんだろうか。100年経ってもストーブの天板で横になっているんじゃないか。いや、冬が終われば外に出て行くさ。だがどうやって? あいつが家の外に出て行ったことはあるが、いつも俺と一緒だった。本当に一人っきりになった時に、あいつ一人で家を出て行けるだろうか」

 狼の鳴き声が聞こえた。

「いかんいかん。気持ちが弱くなると、あいつには分かるんだ。もっと強い気持ちを持たなければならない」

 男はたきつけの枝で狼達と戦うところを頭に思い浮かべた。すると体が芯から熱くなった。

「俺はただで食われはしないぞ。命の限り戦ってお前達に傷を与えてやる。ただで食える飯はないんだ。そうだ。いつでも来い。俺はお前達と戦ってやる。斧が無くても枝で、枝が折れれば拳で戦ってやる。拳を食ったって無駄さ。俺は噛み付いてやる」

 男が歯を食いしばり拳を握ると、わきの下にうっすら汗をかくほど顔も体も暖まってきた。

「さあ、来い‥‥‥来い‥‥‥来い…‥‥」

 男が呪いをかけるように同じ言葉をつぶやき続けると、不意に森が開けて、家が目の前に現れた。

「なんてことはない。俺は家に着いてしまった」

 男は玄関の階段を登り、ドアに手をかけた。森へ振り返ると一匹の狼が男を見ていた。頭の中に思い浮かべていた狼とは違い、灰色の毛皮はぱさぱさに乾いていて、体もずいぶんやせている。狼は上目遣いで、顔を揺らしながら男を見ていた。

「怯えていたのはお前の方だったんだな」

 男はそう言うと、ドアを開けて家の中に入った。中は真っ暗で何も見えない。

「ああ、大変だ。枝はある。マッチはどこだ」

 男が暗闇の中で歩くと、何かが足に当たって、崩れる音がした。

「くそっ、このままだと家が壊れてしまうぞ」

 男は足で床を探りながらゆっくりと歩いた。そして記憶を頼りに、道具箱を見つけ出すと、たきつけの枝を床に置いて、マッチ箱を取り出した。

「よしよし、マッチを見つけた。ストーブは‥‥‥ほら、すぐそこだ。ふたは開いている。おい、ドリス。中に入っていないだろうな」

 男はストーブの中に手を突っ込み、誰もいないことを確認すると、たきつけの枝を中に入れてマッチに火を点けた。

「ふぅ、なんとか火がついた。おお、そんなところにいたのか」

 猫は男の腕の近くで、一緒にストーブの中を覗いていた。

「お前は暗いところでも目が見えるものな。手伝ってくれればよかったのに」

 男が猫の頭をなでていると、たきつけにうまく火がついて火が大きくなった。家の中がうっすら明るくなる。男は机からランプを持ってくると、もえさしの枝で火を点けた。すると家の中はもっと明るくなり、物の形がはっきりと見えるようになった。

「ああ、あんなに散らかって。しかし斧を踏まないでよかった。もし暗闇でケガをしていたらどうしようもなかった」

 男はさっき崩した物を元に戻すと、鍋を取り出し、ストーブの天板の上に置いた。たきつけの火はもう炎と言ってもいいほど大きくなり、薪も角が赤くなっていた。

「よしよし、一度で成功したぞ。こういう時はかえってうまくいくんだ」

 男は鍋の中に玄関で凍らせておいた鹿肉、ブロッコリー、皮を剥いたじゃがいも、バター一握りを入れてふたをした。薪に火がついたようで厚みのある暖かさが男のすねを撫でた。

「ふぅ、ようやく一息つける」

 男はストーブの前に椅子を置いて、座った。猫が男の膝の上に飛び乗る。

「さっきは呼んでも来なかったのに、今は呼ばなくても来る。お前って奴はそういう奴さ」

 猫はじっとストーブの窓の中にある炎を見つめていた。

「お前は何も考えていないんだろうな。なぜって、俺もそうだからな。揺れる炎と熱をただ感じているんだ」

 男と猫は1時間以上、静かにストーブの熱であぶられていた。二人とも何も話さなかったし、考えもしなかった。

「鍋が文句を言い始めた。さ、できあがりだ」

 男は厚手の手袋をして鍋のふたを開けると、木のスプーンでバターでとろとろになった肉とブロッコリーをほぐして、猫の皿にをよそった。猫は何も言わずに皿に頭を突っ込んだ。男は塩をひとつまみ鍋に振って、鍋から直接食べた。

 二人のくちゃくちゃと咀嚼する音が薄暗い家の中に響いていた。

「ああ、うまい。生き返るようだ。お前も美味いだろう」

 猫はニャーと高い声で鳴いた。

 男は夜ご飯をなめるように食べきると、すぐにベッドにもぐりこんだ。猫も一緒に入ってきて、男の股の下で丸くなった。

「今日もまた一日乗り越えられた。こんな生活がいつまで続くんだろう」

 男はランプの火を消した。それでも家の中はストーブの熱と赤い光に満ちていた。

「俺とお前はいつまで憎しみ合うんだろうな」

 猫は男の股の下で燃えるように熱い体を丸めている。

 暗闇に響く狼の鳴き声を男は聞いた。

(おわり)

小説家はこちら↓
【小説家の挑戦を待つ】薪ストーブに火をつけろ

牛野小雪の小説はこちらから→Kindleストア:牛野小雪

このエントリーをはてなブックマークに追加

この前、テンプレに沿ってみんなが同じ話を書いたら、かえってそれぞれの個性が出て面白くなるんじゃないかとブログに書いた。こういうのは言い出しっぺがやらないと、いっこうに前へ進まないので自分で書いた。2万字とか言ったけど、書けたのは4000字。もっとじっくりプロットを練ればよかったかな。

薪ストーブに火をつける
https://ushinosyousetsu.blog.jp/archives/86536252.html

構成はオーソドックスな三幕構成の行きて帰りし物語

1.男が家に帰ってくる。そっけない猫がいる(名前はドリスにしよう)。外は雪と森に包まれている。すごく寒くて薪ストーブが消えている。

2.男が森へ行く。そこで暗闇と恐怖を感じるが、猫のことを思い出し、恐怖と立ち向かう。

3.男が帰ってくる。薪ストーブをつけて、鍋で料理をして、猫と一緒に音を立てて食べる。その後一緒にベッドに入る。

 実質のところこれは男女の話で、さんざん使い倒されて手垢のついたプロットラインだ。猫は女性、燃え残っている薪は再び燃える可能性のある愛情の隠喩だ。関係は冷え切っていて、男が斧で猫を殺す可能性だってあるし、猫が死んでいるかもしれないと思うと、ほっとしたりするが、ぬくもりがないと死んでしまいそうになっている。でも猫はそっけない。だから男は薪ストーブをつける必要がある。

 実際はもっと細かいところはあるが、あんまり書きすぎると想像の余地が無くなりそうなので、この辺にしておこう。たとえば狼なんかは出さなくてもいい。アイスホッケーの仮面を被った殺人鬼が現れて、それを逆に斧で殺すのでもいいのだ。私と同じように書かなくていいし、むしろそれを望んでいる。私が書いた物では家の中にいるのは男と猫だけだが、101匹の犬や、眠っている美女、あるいはこれまた殺人鬼だってアリだ。なんなら上のプロットを無視したっていいんじゃないか?

 どんな小説でも書いてやるという気概のある人はぜひ『薪ストーブに火をつける』を書いてみませんか。肩をいからせて書く必要はありません。ほんのお遊びで、私もそのつもりで書きました。肩の力を抜いて火をつけてみよう。もし炎上したら万々歳だ。

(おわり)

※もし書いたらコメント欄にリンク貼ってくれると、ここに↓列挙していきます。

大体20分ぐらいで書いた-ペンと拳で闘う男の世迷言
http://artofdestruction.blog.fc2.com/blog-entry-1688.html
月狂四郎さんが書きました。ミステリー風のハードボイルドな印象。




牛野小雪の小説はこちらから→Kindleストア:牛野小雪
このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ