愚者空間

牛野小雪のサイトです。 小説の紹介や雑記を置いています。 あと短い話とか。

タグ:真論君家の猫

 ヒッチハイクはほとんど人名が出てこない。副題が~正木忠則君のケース~だが、たぶん彼の名前が出てくるのも片手で数えるぐらいではないだろうか。改稿している時に忠則とかいきなり出てきて、作者でさえ一瞬誰だか分からなかったほどだ。最後に出てくる姉の夏未の方がよっぽど名前が出てくる。
 他の人は旅館の女将さんとか、男とか、インド人とか、ヒッチハイクの小説を書こうとしている牛何とかという小説家とか。彼らに名前はあるのだが正木忠則君は人の名前を忘れてしまうので、そうなっている。理由はない。そういう小説を書いてやろうと技に振った小説だった。

 名前は別にあってもなかっても支障はなかったが、旅館の女将さんと、大阪のおっぱいが大きいひどい顔をした女は『エバーホワイト』を書いた後だったらもうちょっと別のことを書けただろう。でもこの時はどうしても一歩踏み出せなかった。その時、その時で書ける物を書くしかないんだからしかたがない。火星の話だって本当はオペレーターの女の人とのやりとりがメインになるはずがどうしても女性を書くのが恥ずかしくてメールの味気ないやりとりになったようなものだ。
 『聖者の行進』から全作改稿を始めてから4ヶ月が経とうとしている。まだ『ヒッチハイク』を改稿しているということは半年近くかかる計算になる。この間に色々書いた物はあるが誰かに読ませるための小説は一文字も書いていない。これだけ長い間書かなかったのは初めてで、また書けるのかなと不安になるのだが、また別のところでは凄い物が書けるんじゃないかとも思っている。
 『聖者の行進』から一章ずつ、短い章を繋いでいく物は1万字前後のファイルに分けて改稿をしていて、大体5~7回ぐらいやる。場所によっては10回以上する。何度も同じような文章を読むことになるのだけれど不思議と飽きない。むしろやればやるほど読むのが楽しみになる。一番良いのは一文字も変えなかった時だ。脳がしびれるような快感がある。
 先週は『ターンワールド』の最後の章をたった二文字変えるだけで全然違うラストにできることがわかって一文字の威力を知った。過去の物でもずっと改稿しているとそれなりに得るものはある。それはきっと新しく書く小説の固い土台になるのではないかと今は感じている。

(2018年3月31日 牛野小雪 記)




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 この50日ぐらいずっと真論君家の猫を改稿しながら読んでいたのだけれど、やっぱりこれが今のところ最高かなという気がする。最低傑作の聖者の行進を書いた勢いで書けばどうなったか分からないけれど、意識的に書いてこれを超えるのはまだ無理だ。
 
 それに影響力も抜群で、今まで改稿するたびに何かしら閃きが降りてきたのだけれど、これを改稿している時に降りてきた物で全部吹っ飛んでしまった。思えばこれを書いた後なんて、もう何も書けないと思っていたのにターンワールドが書けてしまったし、これを改稿した後でどうしても聖者の行進を書かなければならないと思い至ったわけで、きっと何かしらのパワーがこの小説にはあるのだろう。それなら新しい小説を書く前に真論君家の猫を改稿するようにしたら、何かしら凄い物を吐き出せるようになるのだろうか。

 ようやくseason1の改稿が終わった。時間がかかるとは分かっていたけれど実際にやってみるとしんどいものだ。改稿してから反応は良いようだし、コーンと叩けば高い音が鳴るようなもので、まだあと一歩はどこかに進めるんじゃないかと感じている。そうしたらまた改稿か。う~ん、でもまぁ、season2を終わらせたキリの良いところなので、ここらで全作品締め直しておくのもいいかな。
2018-02-03

(2018年2月3日 牛野小雪 記)



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 ドアノッカーの改稿が終わると、ブラッドエグゼキューションがちょろっと読まれていたのでそっちを先に改稿することした。2万字強なので数日で終わってくれた。その次は蒲生田岬へ。

 やっぱり今年書いた物だとドアノッカーと比べて全然違うと感じた。改稿の手応えもかなりある。次に書いた蒲生田岬でも上手くなったなとすぐに分かった。という事は過去作の改稿なんかしてないで、新しい小説を書いた方が割が良いんだけど、世に出してしまったからには少しでもマシにしてやらなければという責任感で改稿している。

 まぁ、でも誰に急かされるわけでもなし、世間的には存在していないのと同じで、過去作の改稿といっても実質は新作を書いているような物だ。そう考えると面白い。

 でもさ、何かしら小説で掴んだ物があるたびに改稿していたら、改稿だけで何年もかかっちゃうわけで、どうしようかなと思っている。今のところは半年で済みそうだけど、今の三倍四倍と出していけば、改稿の手間も三倍四倍になる。本当の意味でリリースしていないのかな。それとも電書だからそうなってしまうのだろうか。

 全作改稿は去年からやっていて、でも真論君家の猫の改稿が終わった後に、どうしても聖者の行進を書かなければならないという気持ちになったので中断している。結果的にはこれで正解だった。あのまま全作改稿していれば聖者の行進を書いた後に、また改稿したくなっただろう。

 ああ、そうだ。聖者の行進の後は何も書ける気がしなくて、真論君家の猫を書いた時と同じなので、そこからどうやってターンワールドを思いついたのか知りたくて日記帳を読んでいた。どうやら真論君家の猫を出した二週間後、散歩中に突然ひらめきが降ってきたらしい。何の参考にもならない。

 と、思っていたのだが、聖者の行進を出してちょうど二週間後、散歩中にひらめきが降ってきたので、ちょっと恐くなった。

 どの小説も自分で書いたと思っているけど、実は目に見えない、耳に聞こえない不思議なリズムに操られているような気がする。自由意志なんて本当にあるんだろうか? 実は誰かに書かされているのいるのかもしれない。たとえば神とか。あるいは悪魔とか。

 メフィストフェレスと契約した覚えはないんだけどなぁ。

(おわり 2017/12/09 牛野小雪 記)

追記:ブラッドエグゼキューションでLINEが出てくるのだが、もうダサい感じがする。こういうのは流行を追いかけずにメールぐらいにしておく方がいいのかもしれない。
god devil cat

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 かねてからの予定通り『真論君家の猫』に少し手を加えていた。初期のKDPはwordファイルをアップすると色々不具合が出たものだが、最近はほぼそのままの形で変換されているように感じる。ルビなんかは時々表示がおかしくなるが体感95%ぐらいで変換できている。もう実用的と言って良いのではないだろうか。

 最近は罫線も使えることを発見したので、ミータンが新聞の切り抜き記事を読んでいるところは記事ごとに罫線で囲んだ。まだ少しうまく変換できていないような気もするが、まぁ良しとしよう。
もう少し贅沢を言えばルビを挿入した字の前後に空く隙間をなんとかして欲しいな。それとは逆に罫線は文字との隙間を少しだけ開けて欲しい

 Amazonの修正版更新申請はちょっと変だったりする。
修正版更新申請とは既にKindle本を買った読者が最新版に更新できるようにすることである
 誤字脱字、表記ミスは速攻で申請が通るのに、描写や言い回しの変更だとまず受理されない。加筆もたぶん駄目だろう。Amazonにとって修正とは、皿のふちについたソースを拭うことであって、味付けや、盛りつけ方を変えることではないのだ。ヘルプにもそう書いてある。


 
1.「Kindle コンテンツの品質ガイド」に含まれない変更の場合
    例:
    • 誤植を修正する目的ではない文や章の追加・削除
    • 言い回しの変更
    • 内容の変更 (ストーリーや登場人物等)
    : 本の内容の大幅な変更、タイトル、号、版の変更が発生する場合は、別の本として新たに出版してください。



 よっぽど酷い誤植でないかぎり(登場人物の名前を間違える作家がいるらしい)、私はそれほど重要なこととは思えない。むしろ話の筋、描写、言い回しの方が重要な気がするがAmazon的にはそうではないようだ。私には何だかそれが不思議なことに思える。
 向こうも商売があるのだから、作家の版変更にいちいち対応していたら手間もかかるし、お金もかかる。明らかな瑕疵でなければ版の更新なんてしたくないのかもしれない。

 この前来たKDPのアンケートにもっと修正版が気軽に更新できるようにしてくださいと書いておけば良かった。

(2016/12/09 牛野小雪 記)

本音:というわけで『真論君家の猫』を既に購入している人は最新版に更新できないよ、という言い訳。あえてAmazonに更新申請すればできないこともないんだけど、そこまでする人はいないよなぁ。とはいえ統合版と分冊版、両方買っている人はいないだろうから、unlimitedなら最新版が読めますよ。どちらも中身は一緒。もちろん買ってもOK。でもunlimitedの方が容量取らないし、再読する時は最新版で読めるので、こっちの方が良いと思う。

疑惑:『真論君家の猫』の読みが分からない人は意外に多い?

発見?:プレビューファイルをmobiファイルのままKindle端末に移すと、なかなかホーム画面に表示されないが、空の新しいフォルダを作って、その中にmobiファイルを入れて移すとすぐにホーム画面で表示されるような気がする。

体験談:『幽霊になった私』の初版では看護が看護となっているのだが、それを看護に修正した時はすぐに修正版更新申請が通った。

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 最近何かと騒ぎになっているオリンピックエンブレムのパクリ問題だけど。パクリと影響を受けたの違いってどこにあるんだろうかと考えてしまった。私には『真論君家の猫』という『吾輩は猫である』にモロ影響を受けて書き始めた物がある。私自身はあれをパクリだとは思わないが(めちゃくちゃ影響は受けていると思う。そもそも『吾輩は猫である』が冒頭にちょろっと出てくるし、書く前は二番煎じでも良いとか書いていたし、そのつもりだったし・・・)、ガーッとこれはパクリだと問い詰められたら反論できる気がしない。

でも、でも、それでも『真論君家の猫』は牛野小雪の物語だし、上で言及したまだ名前の無い物語でもそう思う。ついでいえば夏目漱石が猫で『雄猫ムルの人生観』をパクったとも思わない。うん、でもパクったと指摘されれば言葉ではっきりと否定はできないなぁ。もう声のデカイ方が勝つという世界になってしまう。

 現実にパクリがあるというのは分かるけれど、その線引きはどうやって決められるんだろう?

 丸写しならパクリ、登場人物を変えただけなのもパクリ。そこぐらいまでなら分かるが、『雄猫ムルの人生観』と『吾輩は猫である』と『真論君家の猫』(ひゃー畏れ多い!あくまで例だよ)は猫が喋って考えているのは同じ。でも年代順にパクられてきたとは思えない。そう思いたいからなのだろうか。

 一応『吾輩は猫である』もパクリ疑惑はあったそうだ。だからというわけではないが『真論君家の猫』を交えて三者を比較してみようと思う。

 

生まれた場所

ムル 自分でもしかと決着がつかない場所

吾輩 頓と見当がつかぬ場所

真論 全てが真っ暗な場所

つまりどこだか分からない

 

飼い主

ムル 音楽家 

吾輩 英語教師

真論 農家の息子

精神的ゆとりのある生活をしているのは同じ

 

心の恋人

ムル ミースミース

吾輩 三毛子

真論 シラコ

みんな美猫

 

猫の末路

ムル 死ぬ

吾輩 死ぬ

真論 死ぬ

みんな死ぬ

 

 うわぁ!牛野小雪とかいうやつが気に入らない作家で、私に発言力があったら絶対にパクリ騒動を起こすと思う。

それでもしツイッターが炎上したらアカウント閉じると思うなぁ。ブログのコメント欄は閉鎖。わざわざ徳島まで来ないとは思うが、マスコミが来たらカーテンを閉めて外には出ない。でも閻魔様の前でなら胸を張ってパクリじゃないと言える。あっ、こんなことを言うと余計パクリストっぽいや。でもそう思う物は仕方がない。

 
 猫の話を離れて無人島物でもこういう話はある。デフォーの『ロビンソン漂流記』、ジュールヴェルヌの『十五少年漂流記』、ゴールディングの『蠅の王』。もう面倒くさくなったので比較はしないが、作品の一部分だけを抜き出せばパクリのそしりを免れない。彼らが現代に生きる作家で、言及した人が口のうまい人なら廃版にまで追い込めるだろう。
 でも誰かが『こいつらはパクリストだ』なんて実際に言っていたら、(こいつ、頭おかしいんとちゃうか)と思うのも事実だ。誰かが「お前の言っていることはおかしい」と声を出せば「そうだ、そうだ」と便乗するだろう。
 でもそこは穏便に「イデアは同じだが別の物」とくればすぐに頷ける。たとえるなら自動車というアイデアは同じだけど、ベンツとフェラーリが違うみたいなもので、まさかここをもってパクリだという猛者はいまい(フェラーリとランボルギーニでもいい)。
 今回の騒動でアイデアが同じとパクリの境界線はどこにあるんだろうかと考えてしまった。どうも釈然としないものを感じている。

(2015/9/6 牛野小雪 記) 


追記:ギターのコードはAからGまでの7つ。今まで発表された楽曲は数知れず。それなのにパクリ騒動なんて起こらないのだろうか? それとも早い段階でコードの組み合わせが出切ってしまったから被るのが当然という世界? 門外漢には分からないんだな。
 ちなみにだがオリンピックのエンブレムも図形と崩したアルファベットの簡単な組み合わせにしか見えない。組合せは無限にあるだろうが、そこから見映えのするデザインとなると種類は絞られてくるはずだから、探せば類似するものがあると思う。
 ちなみにあのデザインはちゃんとした技術で計算されて作られているそうだ(そして
理屈っぽいからダサいらしい。全然そう思わないところがヘタウマの理由か・・・)。日本と外国で感性の違いはあっても、デザイン技術の知識には違いがないはずだ。それなら被るのはなおさらじゃないか? (色の組み合わせにも理論がある。それに関しての本なんてたくさんある。ターンワールドの表紙を作るときはそれを参考にした。あのぐじゃぐじゃしたデザインも本に書いてあった技。これならできるぞ!とすぐに試した。類似のデザインは探せばあるはず)
 
追記2:喩えが悪かった。「アイデアは同じで別の物」とは、二人の人間が同じ対象をスケッチしたようなもので、そこから出来上がったものはやはり別物と言うしかないのではないか? 仮にその二つがそっくりだったとしても。
 それとも同じものを見て絵を描くのはパクリなんだろうか? 


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このたび『真論君家の猫』を分冊して売ることにしました。
元の表紙に上下を打ち込むだけだと芸がないので、執筆を中断して表紙を作ってみた。
その作成の流れを書いていきます。参考になればありがたい。
表紙の縦横比は黄金比ではなく白銀比 1:1.414。
KDPのヘルプなんて知ったことか。どう見たって黄金比は細いように見える。

jpg3
1.牛野君の家には3台のパソコンがある。1つは執筆&エイジオブエンパイア用のpc”A”フォトショを使って表紙も作る。2つめはネットにつながるPC”B”、3つ目は壊れて動かなくなったノートパソコン。文章だろうが表紙だろうが、たいていは使い慣れたひとつめのパソコンで作って、2つめのパソコンで確認をする(スペックはこっちが上。Aの方だと広告の動画でフリーズする。回線は切った)。
上の画像は上の最初の案。Aで見たときは結構いけると思ったが、Bで見ると色が弱いように感じた。でも言い訳すると古いパソコンで見ると本当に良い感じに見えたんです。こんなんじゃないんですよ・・・・・・。


真論君家の猫 上のコピー 2
2.黄色い部分を増やして目立つようにする。グラデーションをなくして色をはっきり出すようにした。



真論君家の猫 上のコピー
3.アスファルトの色が薄いので濃くする。真論君のシルエットも下の方が薄かったので黒く塗りつぶした。ここでひとまず上は完成ということにした。舞台は日本だが、ちょっとアメリカっぽい。


真論君家の猫 下のコピー
4.下の素案。右上のシラコさんが見えづらい。
とある事情で何かに目覚めたので、青い部分は帯を意識した。


jpg2
5.境界線を太くしてシラコさんをはっきりさせた。
帯を意識して作ったのだから、下の青い部分にテキストを挿入する。
新時代の猫小説と大書きしてあるが間違ってはいない。世紀の初め頃に書いたのだから間違いなく新時代の猫小説だ。けっして嘘は言っていない。


jpg2
6.思うのだが、絵も文章と同じで必要の無いものは削ってもいいのではないか?
とりあえず消してみて意味が分ったら、それは正しいみたいな。
3匹の猫に名前を振っていたが、消すことにした。たぶんこっちがいい。
USHINO syousetsuまで消すと寂しくなるので残しておいた。


真論君家の猫 jou 1
7.KDPの管理画面で上下の雰囲気が違うと変だったので、上を変更。
気に入っていたんだけどな・・・・・・。


jpg22
8.下の時とおなじでミータンが入っていたダンボールから文字を削除。
題名が右によっていたので真ん中に寄せる。名前部分も下と同じにした。

word type cover8
旧版の表紙。元々は一冊だったが上&下巻になった。
なかなか気に入っていたけれど、上下と雰囲気を合わせるためにあえなく変更。


真論君家の猫 上下 帯文句つきのコピー
こちらが新しくなった上&下巻。蝶3匹は細かい作業で思い入れがあったのでこっちに引っ越した。
水平方向に反転して黒く塗っただけである。
右上にあるのはそれぞれ上下巻からコピーしてきた。題名と著者名は下巻からの流用。
足したのは猫とぐらい。それと帯文句か。
上巻は半日がかりだったが、こちらは半時間もかからなかった。ちなみに旧版の表紙は一週間かかっている。


以上終わり。
表紙を作り直して感じたのは絵も小説と同じで、拙いうちは何でも詰め込もうとしすぎる傾向があるのではということ(どちらもエラそうに言えるほどではないが)。元々の上巻表紙(道路際にミータンが捨てられている画)はフォトショップのファイルで17MB、旧版の表紙は36MBもある。サイズでいえばちょっと小さいはずのに容量が2倍以上もある。
作り直した上巻は8MBまで削れた。たぶん見た目も8MBの方が良いはず。上&下はかなり横着な造りなので4MBしかない。とてもスムーズにフォトショップが動作した。
これを書いている途中でいくつか足したものもある。ほんのちょっとだけ。
これが誰かの役に立てば幸いです。



2015年 6月 18日 牛野小雪より 



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前記事ー創作ノート 真論君家の猫

 以下、これを見ながら執筆したチラシの裏篇(ルーズリーフだが)
 創作ノートを見ながら時に書き足し、あるいは削り、そして変更する。

1クロスケが真論君に拾われるまで
 一章ミータンが真論君と出会うまで、2000字で終わらせたかったのだけれど丸々一章使ってしまった。クロスケという名前は後に再利用される。この章を書き終えたときにはもう最後の形はイメージできていた。
mc t1

2ミータンが成猫になるまで
 ミータンがマートンの遺影を見たときに戒名があるのを見るというのがあったが長くなるのでやめた。真論君は禿げないが(小六だし)、ミータンの体毛は禿げてしまう。
mc t2
3ミータンが平成町を旅立つまで
 本来は3章だけ。ミータンが平成町を旅立ってすぐに、大化町の猫又アラーニャンと出会う。でもほんの短い数行にミータンの長旅を書き表せることができなかったので、話を追加した。
 この時はまだ大化町の猫達がアラーニャ、マーニャ、カラマーニャとなっている。
mc t3
4ミータンが猫又のアラーニャンに会い、平成町に帰るまで
 明治町から始まって大化町までの長い旅。ターンワールドに通ずるものがある。というかこれが意外に良かったので、書こうと思った。
 
mc t4
5シラコさんの七変化
 シラコさんの七変化(たぶん七つは無いけど)、各章で最後に語られる不定の世界というわけだ。
mc t5
6最期のミータン+3匹目ムートン
 3匹目ムートンの種が播かれ始める。ミータンの物語は猫又のアラーニャンと出会い、平成町に帰ってきたところで実質終わりだと思うのだが、読んだ人はどう思っただろうか。少なくともミータンという花は枯れ落ちる方向に向かっている。ミータンが死んだ後は、ムートンの芽が出てくる。そこで真論君家の猫は終わり。
mc t6


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