愚者空間

牛野小雪のサイトです。 小説の紹介や雑記を置いています。 あと短い話とか。

タグ:王木亡一朗

 ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』という小説がある。映画にもなっている。『オン・ザ・ロード』の結末は、メキシコで分かれたディーンの噂を聞きつけたサルがニューヨークの路地を探し回り、ボロボロになったディーンを見つける。あんまりにひどいんで涙が出そうになる。ディーンは最初サルだと分からなくて物乞いをするんだけど、途中でサルだと気付いて今のはジョークだと恥ずかしがる。気まずい沈黙の中、海岸へ行こうとなり、お互いにどうしているのか話し合って、二人の距離がもう二度と交わらないほど離れてしまっていてサルは寂しくなる。でも、サルはディーンに「西部へ行こう」と言う。絶対に辿り着けないと確信しているけれど、そう言わざるを得なくなる。ディーンは「いつ?」と目を大きくする。「今から」「そうこなくっちゃ」ディーンが缶ビールを一気飲みする。それが致命的な一撃になってディーンの心臓が止まる。それでなんだかんだあって、最後はサルがディーン・モリアーティのことを思い出しているところで終わる。

『オン・ザ・ロード』を憶えている人なら、これが間違いだと分かるだろう。でも、つい最近までこういう終わり方だと思い込んでいた。それで映画の方を見たら全然結末が違っていて(監督の勝手なクリエイティブなんかいらないんだよ!)と憤って、むしゃくしゃして小説の方を読むと、映画と同じ終わり方だったのでビックリした。もしかして世界線変わってない?

 誰もが知っている○○の結末は意外とみんな知らない。というのをTVでやっている。私も分からないやつが結構ある。結末は大事なものだと言われているが、案外みんな忘れてしまっている。というより別のストーリを作り上げてしまっている。それじゃあ最後なんか、もうめちゃくちゃになって、どうしようもないエンドでもいいんじゃないかって気がするけれど、そこまで強気になれなくて悩んでいる。

 もちろん冒頭も悩む。小説の冒頭を集めた本があるぐらい冒頭は大事だと言われている。でも『妄想の戦争の話をしよう』は”ウンコ爆弾が戦争の始まりだった”で始まる。その次は濃縮ウンコが出てくる。こんな汚い始まり方で良いんだろうかと最初は不安だったが、何度も、うんこ、うんこ、の文字列を読んでいると、本来の意味のうんこから意味が離脱して、うんこという純粋な三文字の存在になってくるから、うんこ? ふ~ん。ぐらいの気持ちになる。感覚マヒしている?

 しかし、ノートや雑感帳をつけなければ、わりと分かりやすい話になるんだなと思った。短編だから、さっと書けてしまったんだろうか。もうひとひねり欲しいけれど、短編でも冗長さがあるって言われたから、むしろこれぐらいが良かったりして。


 余談だが、王木さんのnoteに小説が掲載されているのを呼んでびっくりした。

 サインカーブに浮かぶ日①|王木亡一朗 / note 
 https://note.mu/oukibouichirou/n/n3d5672b8b00a
 
 前もnoteに掲載していたレモン/グラスにびっくりしたが、あれ以来の衝撃。考えてみればもう3年前で、そりゃ新しいものを書いてくるなぁ、もう3年も前かぁ、と色々考えた。去年から新しい小説を書くんだ、と意気込んでいるが、そんなことを考えているのは私1人じゃない。いいね、いいね、わくわくする。この小説か、この次が、たぶんめっちゃくちゃ凄いのになる。間違いない。っていうか、もうすでにめちゃなやつを書いていて懐に隠し持っていると予想している。

 あ、そうだ。質問箱で、最近書いていないんだけど、どうしたんですか、と聞かれて、どうやらtwitterは見ていてもブログは見ていない人がいるのだと知った。基本的に情報発信はブログメインでtwitterは記事更新と読んだ本のツイートぐらいにしか使っていないんだけど(読んだ本を最近つぶやいているのはtwitter放置問題の解決のため。質問箱もそう)、twitterだけで完結するような情報発信も考えた方がいいのかも。

とはいえkindleでもう一年以上出版していないのも事実。今年はきっと出しますよ。凄いのが出ます。

どれくらい凄いかというと、これぐらい↓

すごいkindle

というわけで、今年の牛野小雪は要チェックです。よろしくお願いします。

(おわり)

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このKindle本を読め!王木亡一朗強化週間『ライフゲージ』

心身共にうんたらという言葉がある。困憊でもいいし、爽快でもいい。

 そこに至るまでに心と身体が一緒に困憊したり、爽快になることは少ないように思われる。国道の端から端まで走れば、まず体が困憊して、それに引きづられて心も困憊するだろうし。でもそれが駅伝で、地区優勝を取ったとかであったなら心は爽快になり、体の疲れも吹っ飛ぶ。ということを理解するのにあまり苦労はしない。
 
 心と身体は独立して存在するのではなく、お互いに影響を与えながら生きている。

 心を臓器として考えればもっと分かりやすいかもしれない。肝臓がダメになれば、他の部分もダメになるし、他の部分が頑張ることによって、ダメになっている肝臓が踏ん張って持ち直すということもある。かといってある臓器だけを気にかけていても、他の部分が全然ダメになることだってあるだろうし、全てに気をかけていても、いつの間にかどこかがダメになっていたというのはよくありそうな話だ。

 人生だって同じようなものだ。お金は大事だけどお金ばっかり追っていると落ち着かない人生になるし、かといってお金を気にかけないとみじめな人生になる。人に気をかけていても嫌われることはあるし、気に入られようとしなければ気にかけてくれることはない。魚心あれば水心あり。

 一度だけの人生。心をどこに置こうぞ。・・・・・なんて真面目に考えるには人生は重たすぎるのだ。誰も人生を背負うことはできない。そうできていると思い込んでいる人はいるけど。

 人生はシュミレーションゲームではなくシューティングゲームみたいな物。障害物に気をつけながら目の前に現れた敵を撃ち倒すこと。次に何が出てくるかは分からないし、敵は前から出るとも限らない。上下後ろどこからでもありだ。とにかく倒しまくって敵を倒し、、、まくらなくったって良いんだな、これが。生きてる限り前に進む。考えてみたら残酷だよね。今はもう2017年だけど、2016年もうちょっと待ってくれよって思う時がある。

(2017/01/11 牛野小雪 記)
LaLaLaLIFE









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悪人の系譜/月狂四郎

赤ちゃんは言葉を喋ることができない。

「あの、おっぱい吸わせてもらえませんか?」

「お尻拭いてもらえませんかね?」

「そろそろ眠りたいからそっと抱きしめててほしいな」

 などと言葉を出したら非常にびっくりするだろう。

 ある本によれば人間が最初に覚える感情は怒りらしい。

 何かあれば怒る。本当かなと調べてみると赤ちゃんが笑うのは生後数ヶ月たってからで、最初は寝るか泣くからしい。

 

 赤ちゃんにできることは泣くことだけで、これひとつですべての用事を済ませている。中には眠気でも泣くことがあるそうだから大変なものだ(どうやって調べたんだろう?)。

 もしそれが本当なら赤ちゃんからの記憶がある人は「俺は怒りと共に生まれてきた」なんて言うのだろうか。(でも胎児の頃の記憶がある人はいるらしい。そういう人に聞き取り調査したのかな。ほとんどの人は3歳以前の記憶は無くなってしまうそうだ。)

 余裕のある人は笑っている。余裕のない人は怒っている。それがさらに進むとしょげかえっている。

 さて本題に入るとちょっと前に月狂さんの『悪人の系譜』読んだ。

 天龍墓石(とうむ以下トム)は怒っている。いつも怒っている。でも最初はしょげかえっていた。親から有形無形の暴力を受けていた。でも体が成長してくると暴力の方向が反対になった。でも彼の心が癒やされることはないわけだ。

 彼は心の乾きを癒やすように暴力の世界に塗れていく。幸いにも天性の才能があって修羅の世界を気持良く泳ぐことができたが、それでもやっぱり気持ちは収まらない。暴力の方向性が変わっただけで心の傷はずっと疼いている。

 対人関係のトラウマの克服で一番難しいのは、傷を負わせた相手を許すことではなく、過去の自分を許す自分を許せないことだそうだ。「お前、あんなことをされたのにあいつを許すのか」的な。

 トムには妹がいる。彼女も実は心の傷を持っている。彼女は親から虐待を受けていた。彼は彼女を親から救い出し、それから身から出た錆の暴力も救いだした時に何故か母を許すことができる。

 よくよく考えて見るとトムは全然救われていないような気もするんだけど、自他の境界が無いような世界を想像すると彼は自分と同じ境涯の人間を救うことで自分を救っていたのかもしれない。

 かつて何かで苦しんでいた人を見て、それを助けてあげることで自分の中で何かが癒やされることでもあるのだろうか。理屈で考えればいかにもおかしいことだけれどありそうな気はする。

 この世は愛されるよりも愛したいマジでの世界なのかもしれない。

 でもさ、なかなか人って愛せないよね。嫌いになるのは簡単なのに好きになるのは難しい。続けるのはもっと。そういえば赤ちゃんが最初に覚える感情は怒りだっけ? 嫌いってのは怒りを伴っている。怒るのは簡単だ。表に出せるか出せないかの違い。

 ディスるのは簡単で賞賛するのが難しいのと同じで、嫌いから好きへ回転させるのは難しい。自分でさえ持て余す。自分と同じような人間を見つけることができれば何か変えることができるのかな。

 

(おわり)

悪人の系譜


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 昨日Eテレで中上健次の特集をしていた。彼が『岬』を書いたのは30の頃だと知って、非常に驚いた。『枯木灘』は31だ。私も今31になっているんだけど、31であれ書けるなんてアンタおかしいよって言いたくなる。なんていうか昔の人って若い頃から、凄い大人っぽい。いかにも人生積み重ねた感がある。だからあんなの書けるのかな。白黒写真で撮れば、私も大人っぽく写るだろうか。案外フルカラーだと、中上健次もその辺のニイちゃんっぽかったりするかもしれない。現代作家はカラー写真になっちゃうのが損だよね。
 確か今年群像新人賞を受賞したのは崔実さんで1985年生まれ。ついでに言えば美人。
 去年芥川賞を取ったのは羽田圭介で、これまた1985年生まれ。
 みんなだいたい30で転機を迎えている。
 そういえば村上春樹の『風の歌を聴け』も30だ。
 30歳で文化系の才能が目覚めることでもあるんだろうか。

 私と同じ1985年生まれらしい王木亡一朗さんの10月末に出したやつ。あれを書いたのは去年、つまり30の時に書いたということになる。あれを読んだ時は(ちっ、こんなもん書きやがって)と内心怒っていた。noteで何の前触れもなく公開していた『レモン/グラス』あたりで、何となく次はいつもと違うものが出てきそうだぞという予感があって、本当にその通りだったからムカついたものだ。いつも通りの王木亡一朗でいてくれよって。

 同じ歳のスポーツ選手が活躍するのは別に何とも思わなかったが、同じ歳の小説家がどうにかなっていると心がざわつく。
置いていかれてくような気分になる。みんなもっとサボろうぜって言いたくなる。

 孔子さんは30歳で自信がついて自立できるようになるなんて言ったそうだが、30になっても自信なんてない。
おいおい、冗談だろ。30歳ってもっと大人じゃなかったのかと不安になる。大きくなったのは体だけで、心はまだ子どものまま。四駆の車体に原チャリのエンジンを載せているみたいなもので、一度止まったらエンストしそうな気がする。V8のエンジンが欲しい。

(おわり)

追記:辻仁成もすばる文学賞取ったのは30になってから。

追記2:『レモン/グラス/王木亡一朗』の衝撃はブログでもちょっと書いていた。
進捗状況『エバーホワイト EVERWHITE』No.7

インスパイアして書いたのがこれ
両親のギター inspired by『レモン/グラス』王木亡一朗

あと以下二つの王木小説がポイント還元セール中。夏の魔物がいいよ。


追記3:しかし10代、20代の頃と比べると『恥じらい』みたいなものは薄れてきたかもしれない。これじゃあ虎にはなれないな。山月記でも読もうか。書く方もそうだけど、読む方でも年取ってからのほうが良く読めると思う。10代で山月記読んでも、あれは言うなれば打ち砕かれた中二病みたいな話だから(なんだこの落ちこぼれのクソ野郎)と思うのではないだろうか。何で教科書で習うんだ? 10代の時点で虎になった李徴に共感できる子はかなり闇を抱えた人生送っていると思う。というか一生分からないままでいられたら良い人生だよね。

読後:何回か読んでいると心に響くところが違うもので、李徴が別れ際に袁傪を殺したくないから同じ道を通るなと頼むところで、ぐっと涙が出そうになった。李徴は嫌なやつだけど、袁傪との友情を大切にできる心を持っていたのが良い。頭から爪先まで虎じゃない。だから苦しんでいる。
山月記 [Kindle版]
しかし、今の時代、李徴みたいに虎になっても、すぐに狩られてしまいそうなのがちょっと悲しい。ドラゴンぐらいにならないと。それでもミサイルには勝てないか(ドラッグ・オン・ドラグーン参照)。バイストン・ウェルの聖戦士か、風の魔装機神じゃないと無理だ。
オカルト力(ちから)が必要とされている。そういえばオーラバトラーはハイパー化したっけ。李徴が乗ったらめちゃくちゃ強そう。

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『伊勢海老の恩返し〜lost my anything〜/S.T.コールフィールド』

 ある日突然親戚の叔父さんが押しかけてきて、発泡スチロール箱を押しつけてきた。中身は何かと訊くと「イセエビ」とだけ叔父は言い残して去った。他にも行く場所があるんだとか。


イセエビってあの伊勢海老か?

 

 発泡スチロールを机に置いて蓋を開けるとひんやりとした空気が漏れてきた。中には紙を細長く切った物が大量に入っている。なんだよ、伊勢海老なんていないじゃないか。俺は中にある紙くずを取った。するとそこには俺の腕ほどもある伊勢海老が端の方で丸まっていた。


 げっ、伊勢海老ってこんなにデカイのか。気持ち悪っ! 

 

 予想外にデカイ伊勢海老を前にして、俺は少しも動けなかったが、伊勢海老の方は明るい場所に出たせいか急に体を跳ねさせて、発泡スチロールの中で暴れ始めた。俺は急いで蓋を閉める。中でゴトゴト暴れる音がしたが、しばらくすると静かになった。


 生きているのか。超新鮮じゃないか。

 ふむふむ、前々から高いとは知っていたが、ネットで調べると、伊勢海老はけっこうなお値段がすると分かった。叔父さんサンキュ。ついでにさばきかたも調べておく。ふむふむ、今日は伊勢海老のムニエルにしよう。


 夕方になると俺は発泡スチロールから伊勢海老を出した。海老は眠っているようで、俺が手に持っても、じっとしていた。


 そのままさばきにかかるのはちょっと汚いので俺はまず伊勢海老の体を洗う事にした。これがいけなかった。蛇口の水を海老に当てた瞬間、あの野郎。急に跳ねやがって、俺の手をひっかきやがった。おまけに手から離れて、シンクの中をバックステップで縦横無尽に駆け回る。


「てめえ、大人しくしろや!」


 シンクの隅で固まった伊勢海老の胴体を掴むと、俺はまな板に奴の体を押し付けて出刃包丁を握った。そして奴の体を真っ二つ・・・・・にするはずが、海老野郎がまた暴れて、まな板から脱出しやがった。この野郎!


 海老のヤツ。頭は前に付いているのに、後ろにしか跳ねてやがらない。きっと性格は後ろ向きなんだろうな。そうやってヤツは後ろに跳ね続けて、とうとう玄関まで来たが、不幸な事に俺の靴の中にすっぽり入ってしまった。それ以上はもう後退はできない。逃避行もここまでだ。


「お前さ、いい加減にしろよ。もう俺にさばかれるしかないんだよ」


 俺は靴の中から伊勢海老を引きずり出した。ちょっと臭かった。


 もう一度海老を水で洗ったが、さっきの逃避行で力を使い果たしたようで、ヤツはじっとしていた。まな板に置いてもそうだ。じゃあな、足とヒゲはみそ汁にしてやるよ。こうして俺が海老野郎を縦に真っ二つにしてやろうとまな板に押し付けたとき「キュゥゥゥゥ」と海老野郎から鳴き声がした。


 あれ、待てよ。そもそもどうして俺はこの海老をさばかなくてはいけないのだろう。だいたい俺って海老嫌いじゃん。伊勢海老の名に目がくらんで、何か間違ったことをしているような気がした。でも伊勢海老だぜ?


 俺が海老から手を放すと、ヤツは弱々しい力でまな板から逃れようとしていた。その哀れな姿を見ると、どうにもさばくのがためらわれた。それに俺、海老は嫌いだし。


 俺は伊勢海老を発泡スチロール箱に戻すと、そいつと一緒に港まで行った。


「何か手違いがあった。もう人間に捕まるんじゃないぞ」


 俺は伊勢海老を海に放してやった。ヤツは海中でもバックステップで後ろ向きに泳ぎながら海の底へ消えた。何かいい事をしたような気分がして心が洗われるようだった。その代わり夕飯を逃したので、帰りに牛丼を食べて帰った。


 それから何ヶ月が経ったある日、玄関のドアをノックする音で目が覚めた。誰だ一体。新聞の勧誘か?


 ドアを開けると、日傘をさしたオバサン二人組みが立っていた。


「あなたは神を信じますか?」


 前に立っていたおばさんがそんなことを言ったので俺はこう言ってやった。


「知らないんですか? 神は死にましたよ」


やった。哲学的回し蹴りを食らわせてやったぞ。

しかしオバサンは眼鏡の奥で目を光らせて「ニーチェですね」と返してきた。ヤバイ、このオバサン、完全理論武装を完了しているぞ。俺は反撃をされない内に「今ちょっと忙しいので」と強引にドアを閉めた。


 朝から宗教の勧誘か。たまったもんじゃない。俺は宗教を信じる人間特有のあの妙な力強さが嫌いだ。でも本気で信じられたら人生充実するんだろうな。そこだけはうらやましいよ、ホント。


 俺が朝食のナポリタンを食べているとまたドアがノックされた。次は保険の勧誘か?

 

 しかし、ドアの向こうに立っていたのは、やけに身持ちの固そうな女の子だった。


「あ、あの、何かごようでしょうか?」


 予想外の事が起きたので、俺は少し動揺していた。

 なんだ。隣に住んでいるオタクがまだ明るい時間にマニアックなデリヘルでも呼んだのか?


「あの、私、先日助けていただいた伊勢海老です!」


「は?」


「半年前にあなたのおかげで海に帰る事ができました。それで2ヶ月前に死んだので、今日は人間になって恩返しにきました」


 今度は電波女かよ。ん、でも待てよ。どうして俺が半年前に伊勢海老を海に返した事を知っているんだ? ってことはまさか。やっぱりあの時の伊勢海老! うわあああああああああああああ!


「お前、女だったのか!」


「はい!」


「はいじゃねえよ!」


 誰かに見られると危険な予感がしたので、とりあえず俺は伊勢海老を、いやエビちゃんを部屋の中に入れた。


「さて、君は半年前に俺が海に返した伊勢海老なわけだ。ちょっと信じられないけど」


「ええ」


「つまり命の恩人」


「はい」


「恩返しと言ってもどんなことをしてくれるのかな?」


「どんなことでもします! 今日はそのつもりで来ました」


「どんなことでも・・・・?」


 俺は唾を飲み込んだ。この女、いやエビちゃん。よく見るといい体してるじゃないか。それになんでもすると言ったぞ、まさかな・・・・


 俺はエビちゃんに近寄ると、彼女の肩に手を置きさりげなくベッドの方へ押していった。エビちゃんは少しとまどっていたが、それでもためらいがちに押されて、ベッドに座り込んだ。俺もすぐ隣に座り彼女を抱き寄せる。エビちゃんは嫌がる素振りを見せなかった。やった、この感じはいけるぞ!


「分かっているね?」


「えっ?」


俺はまずエビちゃんの胸に触れてみると、どうなるのか試してみた。元は海老のくせにけっこうデカくて柔らかい。そう思った瞬間、座ったままの姿勢なのに強烈なボディブローが返ってきた。なんだよ、コイツ。まるで石のグローブで殴られたみたいに重かったぞ。あんた、世界を狙えるよ・・・・・・


「えっちいのはダメです! ぜったい!」


ボディを打たれて息が詰まり、床で悶絶している俺に向かってエビちゃんが顔を真っ赤にして叫んでいた。でも、俺は世界のボディに耐えられなかった。徐々に暗くなる視界で最後に見たのはスカートの奥に見えるエビちゃんの赤い下着。意外に派手な下着を着けているんだな。そう思った瞬間、また強烈な衝撃が顔に来たような気がするが、俺の意識はそこでノックアウトされた。


アゴと腹に鈍い痛みをおぼえて目を覚めたのは、もう昼も過ぎてからだった。


「さっきはすみません、大丈夫ですか?」


世界の右を放ったエビちゃんは机の向こうでしおらしくなっている。


「いや、いいよ。俺も悪かったし」


「恩返しに来たはずなのに、こんなことになってしまって・・・・!」


エビちゃんが頭を下げた。エビみたいによく曲がる背中だった。


 「なんでもします」


 「なんでも?」


 「さっきみたいなのでなければ・・・・・」


 「でもさ、キミ。何ができるの? 元は海老なんでしょ?」


 「それは・・・・・」


 「機織とか?」


エビちゃんは首を横に振る


「財宝が詰まったつづらを持ってくるとか」


 エビちゃんはまた首を横に振る。


「それじゃあお米でいいよ。一人暮らしだし5kgあれば一ヶ月はもつから」


 エビちゃんは申し訳なさそうに下を向いた。


「はあ、もういいよ。海に帰って。別に恩返しなんてしてくれなくていいから」


「待ってください。どんなことでもします。恩返しさせてください」


エビちゃんはめんどくさい女だった。涙ぐんで俺の顔をじっと見てくる。なんだよ、俺が悪いのか? こんなことになるならあのとき真っ二つにしておけばよかった。おまけに腹も空いてきたぞ。あっ、そうだ。


「それじゃあ昼飯作って」


「料理・・・・ですか?」


「エビチリでいいよ」


冗談のつもりで言ったのにエビちゃんの目からすうっと涙が流れた。早く帰ってくれないかなと俺は思い始めていた。それでも俺はとりあえず冷蔵庫の中を調べみた。あるのはナスビときゅうりと麻婆豆腐の素。


「麻婆ナスでいいから。作り方は箱の裏に書いてあるから分かるでしょ? 字は読める?」


「はい・・・・・」


どうも料理には自信が無さそうな雰囲気だが、ナスを切って炒めて麻婆豆腐の素と一緒に加熱するだけだから大丈夫だろう。でも海老なのにどうして字が読めるんだろう? 不思議だ。


麻婆ナスができるまで俺はテレビを見ていたんだが、CM中にキッチンの方を見るとエビちゃんが包丁を持ったまま震えている。どうも様子が変なので見に行くと、彼女はまな板に置いたナスビを前にしたまま固まっていた。


「どうかした?」


「恐い」


「えっ?」


「ナスビが恐い」


「は?」


「ナスビがかわいそうで・・・・・」


エビちゃんは包丁を持ったまま顔を抑えて泣き始めた。なんだよ、この女。早く海に帰ってくれよ。


「私にはできないぃぃぃ!」


エビちゃんが悲鳴を上げてその場に座り込んだ。おい、気を付けろ。包丁を持ったまま急に動くな。もう少しで俺の顔をさばくところだったぞ。


「あのさ、君も海老だった頃は色々食べたでしょ? それを今さらナスビがかわいそうだなんてちょっとねぇ」


「貝やイソメとは違うんです!」


こいつ、こんな顔してイソメなんか食っていたのか。オエッ。でも貝を食っていたとすると意外にお嬢だぞ。っていうか貝やイソメはかわいそうじゃないのかよ。


「もういいよ。自分で作るから」


俺は海老ちゃんから包丁を取り上げて、ナスビを切ろうとしたのだが、その隣でエビちゃんが両手で口を抑えて、これから何かひどいことが起ころうとしているような目で俺の手元を見てくる。なんだよ、ナスビの一本ぐらい。


「なに?」


「いいんです。それが生きるということですから。そのまま続けてください。覚悟はできています。私は大丈夫ですから」


そんなことを言いながらも、エビちゃんは涙を流しながら震えている。そんな姿を見せられると、もうナスビを食う気なんて無くなってしまった、クソッタレ。俺は窓を開けると、ナスビを裏庭に投げ捨てた。海老は海に、ナスビは土に。


「あのさ、もう帰ってくれない?」


「私ではお役に立てませんか」


「うん」


俺が正直な気持ちを打ち明けると、エビちゃんがまた顔を真っ赤にして泣き始めた。かんべんしてくれよ。俺が一体何をしたっていうんだ。恩返しどころか、仇で返されてるよ。


「もう少し落ち着いてから考えてみようよ。きっと君にもできることがあるはずだから、ね?」


エビちゃんは顔を抑えたまま、うんうんとうなずいていた。でも、その後もかなりの時間うずくまったまま動かなかった。俺はずっと彼女のそばにいて、めんどくせええええええ、という心の叫びを抑えながら優しい言葉をかけ続けていた。このエビ、本当に何しに来たんだ?


「私きっとあなたのお役に立ってみせます。恩返しします!」


やっと顔を上げたエビちゃんは元気一杯だった。俺は高速道路を二時間走り続けたような疲れを感じていた。


「そういえばさ、キミ。字は読めるんだっけ?」


「はい!」


「それじゃあさ、ここを出て少し歩いたところに本屋があるから、ジャンプ買ってきて」


「ジャンプってなんですか?」


「えっ、知らないの? ああ、そうか。エビだったもんな。店員にきけば分かるよ。ジャンプはありますかって。お金は持ってる?」


エビちゃんは恥かしそうに首を振った。そりゃエビだもんな。持っているわけないか。でも、それじゃあその服はどこから調達したんだよ、海底の死体から剥ぎ取ってきたのか、と言いたくなるが、それは黙っておいた。


俺はエビちゃんに千円札を渡して送り出した。正直もう帰ってこなければいいのにと思っていた。


だが俺の願いに反して少し時間がかかったがエビちゃんはちゃんと帰ってきた。しかし、ジャンプを買ってきたにしてはレジ袋が薄い。まさかVジャンプを買ってきたのか? しかし俺がレジ袋を開けると、それはジャンプですらなかった。


「てめえ、ジャンプ買ってこいって言っただろうが!」


エビちゃんが買ってきたのはスカした表紙の小説本だった。
『ロスト・イン・カンバゼイション』とかいう英語のタイトルがついているが、書いているのは王木亡一郎とかいう変なヤツだ。日本人なら日本語使えよ、欧米か。


「マンガを読むより、そっちの方がためになると思って・・・・」


「よけいなお世話だ! あんたは俺の母親か!」


「ひどい! どうしてそんなこと言うんですか。私だって色々考えてきたんです」


「もう考えなくていいよ。さっさと海に帰れ。・・・・ったく、マジで使えねえエビだな。ジャンプひとつも満足に買ってこれねえのかよ」


その瞬間、俺の視界に黒い幕が降りてきた。それに足から力が抜けて床にヒザをついていた。


「命の恩人だから色々してあげようと思っていたのに、あなたがそんなにひどい人だとは思わなかった!」


エビちゃんが涙の叫びを俺に浴びせてくる。この時になってようやく俺はボディを打たれたのだと理解する事ができた。


「海に帰らせていただきます!」

エビちゃんが部屋を飛び出していく。それは良いが俺の視界が戻らない。これ、内臓破裂しているんじゃないか? 腹の中は痛いを通り越して重さしか感じないぞ。俺はもしかして死ぬのか? だが死の不安とは裏腹に、俺は不思議な気持ち良さに包まれながら意識を失っていった。



目が覚めると、俺はまだ生きていた。エビちゃんはいない。そのことが俺をひどく安堵させた。俺はやっとあの海老女から解放されたのだ。


王木亡一郎とかいうやつが書いた本は燃えるゴミの日に捨てた。ロスト何と言ったっけ? まぁいい。どうせ一行も読んでいない。聞いたことがない作家だからどうせ大した内容じゃないだろう。


そうして俺は再び平穏な一人暮らしを満喫していたのだが、ある日の休日、またドアがノックされた。俺は何故か海老女のことを思い出していたが、ドアを開けると全然違うヤツだった。


「こんにちは、私は先日助けていただいたナスビです」


「は?」


そこには筋肉モリモリの色黒マッチョが立っていた。身長はかなりデカくて2m以上ありそうだ。腕は俺の腰ぐらいある。


「あなたが私を裏庭に棄ててくれたので、私はナスビとしての一生を終える事ができました。なので今日は人間になって恩返しにきました」


「いや、恩返しなんてしなくていい」


「大丈夫です。お気になさらずに」


ナスビを自称する色黒マッチョは筋肉にものを言わせて、強引に部屋の中に侵入してきた。


「恩返しとはいっても元はナスビなので、あいにく私は何もできません。だからこの体でお返しします」


「はっ? 意味分らねえ、お前何言ってんだよ」


それと俺をそんな柔らかいまなざしで見るな。そう言いたかったが、下手にヤツを刺激すると何かヤバイことが起こりそうな気がして、口に出す事はできなかった。


「心配しないでください。恩返しは初めてですか?」


「いや・・・・・言っている意味が分からない。俺に何をするつもりだ」


「私に全てを任せていただければ何も心配することはありません。あなたはじっとしているだけで良いんですから。怖がることはないですよ」
 

「いや、恩返ししてくれなくていい。土に帰れよ、マジで」


俺がそう言うと、ナスビの目がさらに優しくなり、口にはとろけそうな笑みが浮かんだ。

ヤツは気持ち悪くなるほど優しく俺の肩に手を置くとこう言った。


「お風呂場をお借りします。体から土を落としてくるので」


そういうわけでナスビは今シャワーを浴びている。俺はこれからどうなるのだろう。そして何を失うのだろう。恐怖に震えながらナスビが出てくるのを待っていた。今すぐ逃げ出したいのに体が言うことをきかない。 

 

ほどなくしてナスビが出てきた。

黒光りする盛り上がった筋肉が水滴を玉のようにして弾いている。


「それじゃあ始めましょうか」


ナスビが俺に優しい微笑みを向けながら近付いてくる。
 

そして俺は・・・・・・




(おわり)




↓ためになる小説(エビちゃん的には)



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 どうした! これは事件じゃないか!

 ショーンが初瀬明生の新作をネタにしていたので(初瀬明生が捕まった夜)、これは読まねばならぬと思っていた。

 この本は作家の初瀬明生が殺された事件から始まる。そこから彼のPCに残っていた3つのファイルを読んでいく体で進んでいく。

 さっきも書いたが『軋む家』で驚かされた。初瀬明生の小説はわりと正面から攻めてくるタイプで隙は少ない。タイプとしてはあの王木亡一朗と似ているのだが、今回は心のバックドアも攻めてくるようになっている。
 『軋む家』は家庭内殺人を描いた短編なのだが、怒りのボルテージが徐々に上がって、最後に開放される感じがすごいなぁとビビった。どうしたんだ初瀬明生。

 『コウモリのはね』のサイコな筋運びもそうだが、個人的には公民館の草をむしって、自宅の居間にばらまく描写がヤバイ。最近捕まった高○的なヤバさを感じる。天然で書いたなら変人、意識して書いていたなら天才だろう。作家としてはどっちにしろ凄い。どうしたんだ初瀬明生。

 最後の『剥落』は良い。いいぞ。連続殺人犯の話が進みながら、別の事件も進んでいく。小悪、大悪、嘘に大嘘、全部揃っている。これだけを抜き出しても成立するサスペンスだった。最悪これだけ読めばいい。

 本当にどうしたんだろう。初瀬明生がマジで死んでるよ。中の人変わったんじゃないかと思ったぐらい変わっている。彼の過去作を読んだ人も、読んでない人もぜひこれは読むべき。この本は将来的に初瀬明生の特別な一冊になるんじゃないかな。ホントすごいよ、マジ。

(おわり S・T・コールフィールド 記)

追記:本編の謎は結局解けなかった。次はもっと簡単なミステリーを書いてくれ コーフィーより

↑WE ARE MUST READ BOOK! 

ショーンのメモ:最近セルパブ作家の成長が著しいので恐い。王木さんもこの前恐くなるようなのを書いていた。このままだとおいてかれるんじゃないかなと心配している。とりあえず今一番期待しているのは王木さん。初瀬さんがこれなら王木さんも凄いのが出てくるんじゃないかと期待している。←ハードルをあげてみた。震えて書け!

  
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 毎年夏が終わる頃、両親から土のついた野菜やお米と一緒にギターが送られてくる。 某一朗 ぼういちろう の実家はギター農家で、収穫時期が過ぎると規格外の出荷できないギターがダンボール箱一杯に送られてくるのだ。

 むこうは生活の足しにと思っているのだろうが、こんなにギターばかり送られてきても某一朗は持て余すばかりだった。両親にしても二人だけで大量に余ったギターを消費しきれないので某一朗や親戚の家になかば押し付けるように送ってくるのだろう。

 ギターがぎっしり詰まったダンボール箱は2週間ほど部屋の隅に放置されている。視界に入らない場所にあるのに不思議と無視できない存在感があった。そのまま腐らせていくのはしのびないので、某一郎が夏の終わりに大きな圧力鍋で大量のギターをくたくたになるまで煮込むのが毎年の恒例行事になっている。

 圧力鍋の蓋から蒸気が吹き上がる様を見ていると、某一朗は子供の頃を思い出す。

 梅雨が明けるとギターの木を包むように小さな白い花がいっぱい咲く。ギター農家ではひとつのギターに栄養を集中させるために、その花が散る前に枝先の花だけを残して花をむしっていかなければならなかった。中学生になると某一郎も手伝わされた。夏の暑い盛りにするので全身乾いたところがなくなるほど汗をかいた。

 夏の作業はそれで終わりではなく、ギターの実が成長してくると一番良い実だけを残して他の実を落としていく作業も待っている。それはたいてい夏休みが始まった頃に始まり、夏休みが終わるまで続く。某一朗は他の子達が遊ぶところを想像しながら将来は絶対にギター農家にはならないと誓ったものだ。

 夏の終わりに妻のえみりんはなぜか食欲が落ちる。夏バテのせいだろうか。食卓の前にデンと置かれた大量のギター煮込みのせいかもしれない。

 ギターを食べたくないわけじゃない。ただ食欲がないから食べられない。ご両親には悪いけれど本当に何も口にしたくない。もしかしたら明日は食べられるかもしれない。はっきりとそう口に出されたわけではないが、某一朗には妻がそう思っているようにしか感じられなかった。そういえばこの時期になると口数も少なくなる。

 一体これは何なのだろうか。どうしてこの世にギターなんてあるのか。息の詰まる夏の終わりに某一朗は毎年考えさせられる。妻のえみりんは食後に何か別のものを食べている様子はなく、本当に食欲がなさそうで夏が終わるとほっそりやせる。その顔を見て某一朗は悪いことをしたような気持ちにさせられた。

  調理したとしてもギターだっていつかは腐る。冷蔵庫でも一週間はもたない。某一朗は毎日ギター煮込みをおかずにしてごはんを食べた。妻は漬物かふりかけだけで済ましてしまう。食卓は緊張をはらんだ静けさに満ちていた。某一朗はコシのない固い食感のギターをぷつぷつと噛み切ると、ある種の重さと共に両親のギターを飲み込んだ。

(おわり)

inspired by
『レモン/グラス』王木亡一朗:note 
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