愚者空間

牛野小雪のサイトです。 小説の紹介や雑記を置いています。 あと短い話とか。

カテゴリ: 夏目先生

『こころ』を読みながら色々と書いてみる

 

夏目先生の『こころ』をたびたび引用しながらブログを書くことにした。

集英社文庫版である。

 

上 先生と私

 

 

私はその人を常に先生と読んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。

 

『こころ』の主要人物には名前がない。『吾輩は猫である』の猫にも名前がない。名前を付けるのが恥ずかしいのかと思いきや『三四郎』という主人公の名前をパーンと前面に出しているのもある。変幻自在のようだ。『こころ』の中ではもう一人、Kという名前の知れぬ人物がいる。夏目先生の本名は金之助だし、お墓はどちらも雑司が谷にある。(ちなみに『坊ちゃん』の清の墓は小日向の養源寺にある)。Kを中心にして読んでみると面白いかもしれない。

 

私が鎌倉について三日と立たないうちに、私を呼び寄せた友達は、急に国元から帰れという電報を受け取った。

 

のちに主人公の私も父親が病気になって国元に帰ることになる。これが一個のテーマかもしれない。

 

友達はかねてから国許にいる親たちに勧まない結婚を強いられていた。

 

昔の小説を読んでいるとよく出てくる話。若いうちから結婚しなければならないというのも嫌だなと思う。でも親からの援助で好き勝手できるというのはいいよなとも思う。昔は親の強制で生き方を選べなかったところはあっただろうが、別のところでは子どもに金を与えて好き勝手にさせてやるというところもあって、昔は自由がなかったとは一概には言えない。あるところではガチガチに固めていたが、それ以外のところは大らかだったというところもあるのではないか。でも嫌なものは嫌らしい。しかし自由に振舞えば『それから』の代助みたいに親からの援助を打ち切られてしまう。庇護と強制がセットであるように、自由と追放もセットなのである。庇護されながら自由というのは、どこの世界にもないだろう。現代は自由を素晴らしいことのように言うが、自由だってしんどいのである。

 

玉突きだのアイスクリームだのというハイカラなものには長い畷を一つ越さなければ手が届かなかった。

 

玉突きはビリヤードのこと。この時代にビリヤードとかアイスクリームがあるんだと、ちょっと驚くけれど『こころ』が書かれたのは大正時代で、大正時代には第一次世界大戦があったのだと聞くと、それぐらいのものはあって当然という気になる。この時代にはすでに飛行機だって飛んでいた。電話もあった。令和から数えると元号が二つも前の時代だが現代との繋がりは深い。

 


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吾輩は猫である
夏目 漱石
2012-09-27



吾輩は猫である。名前はまだ無い。


有名な冒頭の文章。吾輩には名前がないが実は最後まで無い。名無しの猫のまま物語を終える。夏目漱石も猫を飼っていたが名前はなかったそうだ。随筆で吾輩のモデルになった猫について書いてあるが、そこでも猫とだけ書いてある。ちなみに犬も飼っていて、そちらにはヘクトーという立派な名前がついている。夏目先生的には飼っているというよりは居付いていたという感じだったのかもしれない。

 

吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。この書生というのは時々我々を捕まえて煮て食うという話である。しかしその当時は何という考えもなかったから別段恐ろしいとも思わなかった。


 猫が人間を見た時ってどんな気分がするのだろう。私が幼稚園や小学校の頃を振り返ってみると、上級生や大人は巨人に見えた。絶対あんなに背が伸びないだろうと思っていたけれど、自分がその身になってみると幼稚園や低学年の子がおちびさんと言いたくなるほど小さいものに映った。私は同じ人間同士だから怖くなかったけれど猫は恐くないのかな。立場を変えてみれば家ぐらい大きな猫が近付いてくるようなもの。考えてみればトラは当然としてジャガーぐらいでも身の危険を感じるだろう。

 そういえば野良猫は人間を見るとすぐに逃げる。むしろ人なれしている猫の方が異常なのかもしれない。人間に近寄る同族を見て猫はどう思っているのだろう? 勇者、それとも気違い? ともかく吾輩は肝が太いようだ。


 書生というのは、他人の家にお世話になっている学生のこと。当時はアパートやマンション、学生寮がなかったので、地方から上京してきた学生は、地縁や血縁を頼って東京住みの人に住居を間借りするのが一般的だったそうだ。

 貸す方でも、将来は出世を見込める学生との縁ができるのですすんで部屋を貸してやったこともあるのだとか。もしかして税金控除が受けられたりしたのかも? 誰か調べてくれないかな。


 狢(むじな)という言葉がある。同じ穴の狢という諺もある。元々はイタチ、タヌキ、猫、アナグマを表す言葉を古くは狢と言っていた。猫を学術っぽく言うと狢族猫科というわけ。私の住んでいる近くではイタチが出る。野良猫もいる。タヌキだって見たことがある。見た事が無いのはアナグマだけ。アナグマがどんなものかは知らないが、イタチ、猫、タヌキはとっても動きが似ている。高い所に登るところなんか非常にそっくりだ。

タヌキ汁というものがある。しかし、タヌキの肉はあまり美味しくないらしい。美味しいのはアナグマ。ウィキペディアで調べてみるとタヌキに似ている。でも、アナグマなんてあまり聞かない。それもそのはず農地開発で生息数がどんどん減っているらしい。場所によっては絶滅が危惧されている。でも、本当に美味いのかな? 見た目がイタチっぽくて臭そうだ。

 第二次世界大戦が終わった直後、食糧難の時には犬の肉を食ったそうで、その中でも赤犬が美味いという噂がある。しかし、猫を食ったという話は聞かない。一般的な犬と猫では肉の量が違うし、捕まえやすさも違うから何ともいえないがやっぱり猫の肉はそれほど美味い物ではないのだろう。猫汁は創作物だけに出てくる物なのかもしれない。



掌の上で少し落ちついて書生の顔を見たのがいわゆる人間というものの見始めであろう。この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。第一毛をもって装飾されべきはずの顔がつるつるしてまるで薬缶だ。その後猫にもだいぶ逢ったがこんな片輪には一度も出会わした事がない。


『吾輩は猫である』には薬缶という表現がたくさん出てくる。ハゲていることをさすのだろう。ちなみに猫でも疥癬にやられてハゲることはある。明治時代に疥癬猫に出会わなかった吾輩は良いところの猫なのかもしれない。そういえばこの後、二弦琴のお師匠さんの三毛子や、大分限者の金田が出てくる。意外に良いところに住んでいる? 

 昔々、戦後どころかずっとずっと昔の時代、食うことにも事欠く時代には太っている事が良しとされた。しかし、飽食の時代と呼ばれる現代では逆にやせている事が良しとされている。それならもし、髪の毛を簡単に生やせるようになった時代になればどうなるか。スキンヘッドが流行るのである。無駄毛と同じで、その時代では剃っている事ですら恥なので、みな天然のハゲであるかのように振る舞う。お父さんがハゲてくると、娘さんが「お父さん、やっとハゲてきたね」なんて優しくなったりする。そもそも類人猿から徐々にハゲてきている。ヒゲを剃るのは社会人のマナーとされている。将来的には髪の毛をふさふさ伸ばしていると野蛮人と呼ばれる世界になるだろう。


ふと気が付いて見ると書生はいない。たくさんおった兄弟が一疋も見えぬ。肝心の母親さえ姿を隠してしまった。その上今までの所とは違って無暗に明るい。眼を明いていられるくらいだ。はてな何でも様子がおかしいと、のそのそ這い出して見ると非常に痛い。吾輩は藁の上から急に笹原の中へ棄てられたのである。


前の段落で特に説明は無かったのだが、吾輩は藁の上で育ったらしい。厩か牛舎の中だろうか? ずっと薄暗い所で暮していたそうだから屋根のある場所だったのだろう。猫の子を捨てるのは日常茶飯事みたいで、後の段落でも白君が子猫を四疋生んで、書生がみんな裏の池へ棄てたという描写がある。どこに棄てられたか分かっているのに白君が子猫を持って帰らなかったのは書生が水に沈めて殺したからだろうか。もしかすると吾輩を棄てた書生も兄弟を一度一箇所に集めてから、一緒に沈める予定だったのではないだろうか。そう考えると『吾輩は猫である』のクライマックスは結局運命からは逃れられないという意味が利いていて面白くなる。でも『吾輩は猫である』は一章だけで終わる予定だったので、たぶん偶然だろう。


ようやくの思いで笹原を這い出すと向こうに大きな池がある。


やっぱり書生はこの池で吾輩の兄弟もろとも殺すつもりだったのじゃないかな。ようやくの思いでというぐらいだから、子猫にとってはけっこう広い場所だったようだ。だからこそ書生はひとまとめにしておけると思ったのではないだろうか。


ここへ這入ったらどうにかなると思って竹垣の崩れた穴から、とある邸内にもぐり込んだ。縁は不思議なもので、もしこの竹垣が破れていなかったらなら、吾輩はついに路傍に餓死したかもしれんのである。


良きにしろ悪きにしろ、縁とは不思議なもので、もしあの時あの人と出会わなければというものがある。縁とは望んでも選べない物である。この世の春を謳歌している人も何かひとつ縁がすれ違っていれば世を呪って生きる境遇に落ちていたかもしれない。あるいは逆に暗い場所でくすぶっている人も何かひとつきっかけがあれば、肩で風を切りながら歩いていたかもしれない。この世は理不尽だ。運というもので人生は左右される。


いやこれは駄目だと思ったから眼をねぶって運を天に任せていた。しかしひもじいのと寒いのにはどうしても我慢が出来ん。吾輩は再びおさんの隙を見て台所へ這い上がった。すると間もなく投げ出された。吾輩は投げ出されては這い上がり、這い上がっては投げ出され、何でも同じ事を四五遍繰り返したのを記憶している。


縁に恵まれた吾輩もすんなり苦沙弥(くしゃみ)先生の家の猫になったわけではない。した女のおさんに首筋をつかんで表へ放り出されている。しかし、吾輩は諦めず何度も家に這い上がっている。運は誰にでも訪れるが掴む事ができるのは稀だということかな。しかし、あきらめも肝心という。やっぱり運だ。


※下女とは・・・・現代でいう家政婦みたいなもの。“げじょ”と読む。私は下女と読んでいる。


吾輩が最後につまみだされようとしたときに、この家の主人が騒々しい何だといいながら出て来た。下女は吾輩をぶら下げて主人の方へ向けてこの宿無しの子猫がいくら出しても出しても御台所へ上がって来て困りますという。主人は鼻の下の黒い毛を撚りながら吾輩の顔をしばらく眺めておったが、やがてそんなら内へ置いてやれといったまま奥へ這入ってしまった。主人はあまり口を聞かぬ人と見えた。下女は口惜しそうに吾輩を台所に抛り出した。かくして吾輩はついにこの家を自分の住家と極めることにしたのである。


晩年、夏目先生が芥川龍之介宛てに送った手紙にはこう書いてある。

“あせってはいけません。頭を悪くしてはいけません。根気づくでお出でなさい。世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えてくれません。うんうん死ぬまで押すのです。それだけです。決して相手をこしらえてそれを押しちゃいけません。相手はいくらでも後から後から出て来ます。そして吾々を悩ませます。牛は超然として押して行くのです。”

吾輩が何度も何度も台所へ這い上っていると、ついに苦沙弥先生が現れて、内に入れてやれと一言投げかけられる。吾輩は表ではなく台所へ抛られる。根気勝ちみたいなものだ。


吾輩の主人は滅多に吾輩と顔を合わせる事がない。職業は教師だそうだ。


夏目先生は元々高校教師だった。その後イギリスへ留学して帝大(帝国大学、今の東京大学)の教師になった。夏目先生も元々は帝大生だった。今の時代東大を出て教師になる人ってどれくらいいるのだろうか。明治時代に勢いがあるように感じるのは、優秀な大学を出た人が教育を担っていたからなのかな。今の時代、東大を出た人はどこへ進むのだろう。官僚? いや、昔からそうで、夏目先生が特別だったのかもしれない。


学校から帰ると終日書斎に這入ったぎりほとんど出て来る事がない。家のものは大変な勉強家だと思っている。当人も勉強家であるかのごとく見せている。しかし実際はうちのものがいうような勤勉家ではない。吾輩は時々しのび足に彼の書斎を覗いて見るが、彼はよく昼寝をしている事がある。


人間が本当に集中できる時間はそう多くないように思う。一日の限界量を集めれば半時間もないはずだ。それじゃあどうやったら集中できるだろう。朝起きた時は頭が冴えているから、昼寝が大事なのかもしれない。夏目先生も昼寝して集中できる時間を稼いだから後世に残る小説が書けたのかも。


彼は胃弱で皮膚の色が淡黄色を帯びて弾力のない不活発な徴候をあらわしている。その癖に大飯を食う。大飯を食った後でタカジヤスターゼを飲む。

夏目先生も苦沙弥先生と同様に胃弱で胃腸薬を飲んでおられたそうだ。タカジヤスターゼも飲んでいたかもしれない。ジアスターゼとは消化を助ける酵素。デンプンを分解する。


吾輩は猫ながら時々考える事がある。教師というものは実に楽なものだ。人間と生れたら教師となるに限る。こんなに寝ていて勤まるものなら猫にでも出来ぬ事はないと。それでも主人に云わせると教師ほどつらいものはないそうで彼は友達が来る度に何とかかんとか不平を鳴らしている。


モンスターペアレントだとかいじめ問題だとか学級崩壊だとか、教師の苦労話はけっこうニュースで報じられる。教師の威厳が無くなったと少し前は言われていたが、夏目先生の『坊ちゃん』では、教師になった坊ちゃんが生徒達から嫌がらせを受けている。昔からそうだったみたい。


吾輩がこの家へ住み込んだ当時は、主人以外のものにははなはだ不人望であった。どこへ行っても跳ね付けられて相手にしてくれ手がなかった。いかに珍重されなかったかは、今日に至るまで名前さえ付けてくれないのでも分かる。


最初にも書いたが吾輩は最初から最後まで名前が無い。どうして何だろう? やっぱり家族と見なされていなかったのかな。猫は基本的に子猫と母猫が一緒にいるぐらいで、仲間と連れだっていることは少ない。犬は野犬でも群れている事が多い。他の猫と一緒にいる事もあるが、他の猫がいるからというよりエサがもらえる場所に集まっているという風に見える。


吾輩は仕方がないから、出来得る限り吾輩を入れてくれた主人の傍にいる事をつとめた。朝主人が新聞を読むときは必ず彼の膝の上に乗る。彼が昼寝をするときは必ずその背中に乗る。これはあながち主人が好きという訳ではないが別に構い手がなかったからやむを得んのである。その後いろいろ経験の上、朝は飯櫃の上、夜は炬燵の上、天気のよい昼は縁側へ寝る事とした。


猫は何故塀の上が好きなのだろうと思っていたけれど、実はあそこ、夏は冷たいし、冬は日光で暖まっている。猫は体で気持ちよく過ごせる場所を見つけている。私は天気のいい日に屋外で本を読むけれど、野良猫がそばを通る事がある。猫も人間も気持ちよく感じる場所は同じらしい。


しかし一番心持の好いのは夜に入ってここのうちの子供の寝床へもぐり込んでいっしょにねる事である。この子供というのは五つと三つで夜になると二人が一つ床へ入って一間へ寝る。吾輩はいつでも彼等の中間に己れを容るべき余地を見出してどうにか、こうにか割り込むのであるが、運悪く子供の一人が眼を醒ますが最後大変な事になる。子供は―ことに小さい方が質がわるい―猫が来た猫が来たといって夜中でも何でも大きな声で泣き出すのである。すると例の神経胃弱性の主人は必ず眼をさまして次の部屋から飛び出してくる。現にせんだってなどは物指で尻ぺたをひどく叩かれた。


子供って熱い。なんであんなに熱いんだろう。大人は熱が出たらすぐにへばるのに子供は元気だ。なんだか理不尽な気がする。それに大人になってから病気で熱が出ると、てきめんに体が弱るようになった。子供の頃は40℃ぐらい熱が出るまではへっちゃらだったのに。しかし、苦沙弥先生の子供はどうして猫が恐いのだろうか。私は猫より犬の方が恐かった。


吾輩は人間と同居して彼等を観察すればするほど、彼らは我儘なものだと断言せざるを得ないようになった。ことに吾輩が時々同衾する子供のごときに至っては言語道断である。自分の勝手なときは人を逆さにしたり、頭へ袋をかぶせたり、抛り出したり、へっついの中へ押し込んだりする。しかも吾輩の方で少しでも手出しをしようものなら家内総がかかりで追い廻して迫害を加える。


へっついとはかまどのこと。
実はかまどは高度な職人芸が必要とされる家具?である。
かまどに日をくべた時、煙が屋内に入ってこないように微妙な勾配を付けなくてはならない。もしこれが浅ければ家中煙だらけになるし、かといって煙が簡単に出て行くようにしていると今度は熱も一緒に出て行ってしまう。上手いかまどを作れるのは良い職人である。もっとも今はピザ窯ぐらいで職人芸の出番は少ないみたいだけど。

吾輩の尊敬する筋向こうの白君などは逢う度毎に人間ほど不人情なものはないと言っておらるる。白君は先日玉のような子猫を四疋産まれたのである。ところがそこの家の書生が三日目にそいつを裏の池へ持って行って四疋ながら棄てて来たそうだ。白君は涙を流してその一部始終を話した上、どうしても我等猫族が親子の愛を全くして美しい家族的生活をするには人間と戦ってこれを剿滅せねばならぬといわれた。一々もっともの議論と思う。


昔々、よく家の敷地内で猫を見かけるなと思っていたら、ミーミー鳴き声が聞こえてきた。その音を辿って納屋に入ってみると、納屋で白黒の八割れ猫が子猫を産んでいた。母猫は私を見るとフーと威嚇してきた。それから何度も納屋を覗いていると、ここは安全な場所では無いと悟ったのか、母猫は子猫をくわえると、向いにある空家の庭の藪の中へ移住した。なかなか図太い物で、私が見ていても太いまつげの目で私を見返しながら何度も納屋から向いの家へ子猫をくわえながら往復した。最後の一匹だけは向かいの家へ運ぶのを手伝ってあげた。その時は威嚇せずに、私の手から直接子猫の首筋をくわえて藪の中に消えた。普通の野良猫なら人間を見れば一目散に逃げるのに、この時ばかりは子猫がいるせいか私から逃げなかった。母猫の愛情というのはそれぐらい深いものである。

 はっきり書いているわけではないが、白君が裏の池へ子猫を棄てられて泣いているのはやっぱり水に沈められて殺されたのだろう。実は吾輩も同じ境遇なのではないかと上で推測した。吾輩も笹原を出るのが遅ければ兄弟一緒に水の底に沈んでいたのかもしれない。


また隣りの三毛君などは人間が所有権という事を解していないといって大に憤慨している。元来我々同族間では目刺の頭でも鯔の臍でも一番先に見つけたものがこれを食う権利があるものとなっている。もし相手がこの規約を守らなければ腕力に訴えて善いくらいのものだ。しかるに彼ら人間は毫もこの観念がないと見えて我等が見付けた御馳走は必ず彼等のために掠奪せらるるのである。彼等はその強力を頼んで正当に吾人が食い得べきものを奪ってすましている。


ドッグフードを食べる猫を見た事がある。犬が犬小屋の前で腹を下にして寝そべっていると、塀の上からのそりのそりと一匹の黒猫がやってきて、余ったドッグフードにかぶりついていた。犬はコーギー犬で、大きさは猫とそれほど変わらない。猫のそばでずっと吠えていたが、撃退する事はできなかった。猫の方が身体能力が高いので戦えば負けただろう。

またある時は犬がドッグフードに頭を突っ込んでいると、猫の方が塀の上で丸くなっていた。食べている途中で強奪はしないようだ。

犬にしてみれば、食べかけのドッグフードだから自分の物と思っていたのかもしれないけれど、猫にしてみれば犬のそばにドッグフードが置かれているぐらいの気持ちだったのかもしれない。くわえていれば所有権あり、離していれば放棄したってことなのかな。


元来この主人は何といって人に勝れて出来る事もないが、何にでもよく手を出したがる。俳句をやってほととぎすへ投書したり、新体詩を明星へ出したり、間違いだらけの英文をかいたり、時によると弓に凝ったり、謡を習ったり、またあるときはヴァイオリンなどをブーブー鳴らしたりするが、気の毒な事には、どれもこれも物になっておらん。


夏目先生は初めから小説家だったわけではなく、元は教師であり、詩人でもあった。正岡子規との交流もある。人間どこで才能が発揮されるか分からない。ってことだけど、帝大の英語教師になっているぐらいだから、元々頭の出来は良いのだろう。


後架の中で謡をうたって、近所で後架先生と渾名をつけれらているにも関せず一向平気なもので、やはりこれは平の宗盛にて候を繰り返している。
 

後架とはトイレの事。謡はそれほどうまくないそうだ。


「どうも甘くかけないものだね。人のを見ると何でもないようだが自ら筆をとって見ると今更のようにむずかしく感ずる」


苦沙弥先生が絵を描こうとしているが、全然物にならない場面。絵を描くのは難しい。見るのは誰にでもできるのにね。日本語が書けるのに、小説を書ける人がそれほどいないのと似ている。線は誰だってひけるが、絵にするのは至難の技だ。でもやっぱり見る側になると何でもないように感じる事は多い。頭の中と、実際に描ける現実の差があるから絵を描く人が少ないのかもしれない。


吾輩は波斯産の猫のごとく黄を含める淡灰色に漆のごとき斑入りの皮膚を有している。


吾輩はずっと黒猫だと思っていたけれど、吾輩自身の独白によるとそうではないらしい。波斯産の猫とはペルシャ猫のことだろう。調べてみると毛の長い白猫。そこに黒ぶちがあるらしい。



元来人間というものは自己の力量に慢じてみんな増長している。少し人間より強いものが出て来て窘めてやらなくてはこの先どこまで増長するか分らない。


人工知能が碁で人間を負かす日は遠いと言われていたが、つい最近アルファーゴーがプロ棋士に勝利するニュースがあった。もしかしたら人工知能が人間の存在を脅かす日もそう遠くないのかもしれない。

個人的には麻雀で人間に勝てるかどうか試して欲しいなぁ。一局だけなら勝負は水物だけど、連荘したらクールな人工知能が勝つのだろうか。

運が絡めば人間でも人工知能に勝てる可能性があるというのは小説のネタになりそう。


「一体車屋と教師とはどっちがえらいだろう」

「車屋の方が強いに極まっていらあな。御めえのうちの主人を見ねえ、まるで骨と皮ばかりだぜ」

「君も車屋の猫だけに大分強そうだ。車屋にいると御馳走が食えると見えるね」

「何におれなんざ、どこの国へ行ったって食い物に不自由はしねえつもりだ。御めえなんかも茶畠ばかりぐるぐる廻っていねえで、ちっと己の後へくっ付いて来て見ねえ。一と月とたたねえうちに見違えるように太れるぜ」

「追ってそう願う事にしよう。しかし家は教師の方が車屋より大きいのに住んでいるように思われる」

「箆棒め、うちなんかいくら大きくたって腹の足しになるもんか」

 彼は大に癇癪に障った様子で、寒竹をそいだような耳をしきりとぴく付かせてあららかに立ち去った。吾輩が車屋の黒と知己になったのはこれからである。


車屋とは人力車を引く人のこと。今でいうタクシードライバーかな。肉体労働をしているので教師よりは強いだろうなぁ。タクシードライバーと教師だと、どちらが大きな家に住んでいるだろうか。調べたわけではないが教師の方が良いように思われる。


「ところが御めえいざってえ段になると奴め最後っ屁をこきやがった。臭えの臭くねえのってそれからってえものはいたちを見ると胸が悪くならあ」


強さではなく、臭さで敵を撃退することだってある。いたちはそれで生き延びている。似た様な動物のスカンクだってクマは避けて通る。強さだけが武器じゃない。物書きならペンだろうか。


車屋の黒はその後跛になった。彼の光沢ある毛は漸々色が褪めて抜けて来る。吾輩が琥珀よりも美しいと評した彼の眼には目脂が一杯たまっている。ことに著しく吾輩の注意を惹いたのは彼の元気の消沈とその体格の悪くなったことである。吾輩が例の茶園で彼に逢った最後の日、どうだと云って尋ねたら「いたちの最後屁と肴屋の天秤棒には懲々だ」といった。


茶園のボス猫だった黒。彼は車屋から貰うエサだけではなく他から盗んでいたようだ。天秤棒をくらうリスクをとって肥っていたけれど、ついには天秤棒をくらってしまった。

“茶園で彼に逢った最後の日”とあるので、なんとなく黒が死んだように読めるけれど(上でも書いたが本来は一章で終わる予定だった)、続く二章では早々に登場して、牛肉を盗みに行く。天秤棒をくらうかどうかは分らない。


吾輩は御馳走も食わないから別段肥りもしないが、まずまず健康で跛にもならずにその日その日を暮している。鼠は決して取らない。おさんは未だに嫌いである。名前はまだつけてくれないが、欲をいっても際限がないから生涯この教師の家で無名の猫で終わるつもりだ。


吾輩は黒と違って盗みをしないので肥る事はないが、天秤棒をくらうこともない。

何かをすれば何かが変わるが、大きな目で見れば何も変わっていない。

車屋の黒は、どこまでいっても車屋の黒であるし、吾輩は教師の家の猫だ。



青空文庫で読むとお得。岩波版はAmazonに置いていない

吾輩は猫である
夏目 漱石
2012-09-27



映画になっていた。やっぱり黒猫だ。




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