愚者空間

牛野小雪のサイトです。 小説の紹介や雑記を置いています。 あと短い話とか。

カテゴリ: 執筆日記

 あわよくば山桜を長編にできないかなと思っていたが、この調子だと本当に中編で終わりそうだ。というか短編で終わるかもしれない。

9000字書いてやっと主人公が人と喋った。どんだけ無口なんだよ言いたくなる。プロットからどんどん人が減って、二人いた主人公は一人になった。この小説は主人公でさえ生き残れない。もしかしたら登場人物が一人だけの小説になるかもしれないが、今のところ三人は出る予定があるし一人は台詞を文末にスペースを開けて書き置いてある。これはぜひ使いたいというフレーズだが、もしかしたら使わないかもしれない。そういうことを今週はやってきた。

 執筆を始めてからもプロットを書き直している。シーズン3からはそういう書き方にした。ひらめきが起きたらライブ感で消化せずにきっちりプロットで受け止める。とても手間がかかって、なかなか進まない。とてつもなく無駄に時間を浪費しているんじゃないかという気持ちに襲われる時もあるが、今までと違う物が出てくるのだから、これで良いのだと自分に言い聞かせている。正しいかどうかは分からないが去年までと今年書いている文章を比べれば、断然に今年の方が好きになれるし先が開けたような手応えもある。評価はいまいちでも変えるつもりはない。

 それにしても長い小説が書けなくなった。今まではプロット以上に字数が伸びていたが、今年はプロットより短くなるばかりだ。群像に出したやつは8万字書くつもりだったのに6万字になってしまった。いつも通り字数が伸びて10万字ぐらい書けたのを規定枚数に削るつもりだったのでビックリした。あれだけ書いてこれだけなのかとガッカリもした。20万字ぐらい書いた手応えがあったのだ(というか小説の裏側で本当にそれぐらい書いたと思う。カウントはしていないけど)。去年までとは逆になっている。この感じだと長編を書くには聖者の行進ぐらいのネタが必要だけど、あんなのは狙って書けるものじゃないから長編を書く距離を非常に遠く感じるようになった。

 別に長編を書かなきゃいけないわけじゃないんだけど、やっぱり長編が書きたいし読みたい。蒲生田岬までは長編なんて奇跡が起きなきゃ書けないと思っていたけど、結局は聖者の行進ぐらい大きな物を書けたのだから、このまま書き続けていれば、そのうち書けるようになるかな。でも別に書けなくてもいいかも。山桜は中編になりそうだけど、なんだかんだで今が一番良い小説を書けている。

 

(おわり)

cherry of mountain


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 毎年年末年始になると体温が35度以下に下がる。その状態になると驚くほど眠れる。目をつぶっただけ眠れるんじゃないかと思うぐらい。2日ぐらい眠り続ければその状態は治る。

 それから半年ぐらい経った、6月か7月の頃には何故か微熱が出る。37度近辺。頭が働かないほどではないが、うまく使えないぐらいには熱が出る。 こちらは眠っても治らない。そもそも眠れなくなる。

 今年もやっぱりそうで、 37度近辺の微熱がずっと続いていたが、一昨日朝目が覚めると視界がぐるぐる回るような感覚があって、熱を計ると38度あった。これは初めてのこと。それで病院に行ってみると、先生はうんうん何度も首を傾げて「季節の変わり目だから風邪のひき始めでしょう」と最後に言った。せきも出ないし、喉の痛みもない。だけど風邪。本当かなぁと私も心の中で首を傾げたが、貰った薬を飲むと平熱に下がった。熱さましだって言っていたから下がらなきゃヤブだもんね。

 これはジンクスなんだけど、この状態を抜けると調子が良くなるような気がする。何故そうなるのかは分からない。たぶん誰にも分からないだろうと思う。でも毎年そうなっている。半年おきだから忘れた頃にという感じだ。
  
 何かの病気だと私は思っている。でも死ぬ病気じゃなければ治療はされないし、真剣に研究もされないから一生分からないままなんだろうなぁ。

 今小説のプロットを書いているところだけど、紙を一枚失くしてしまった。ボツにした物だし、そこに書いてあることは別のノートに書いてある。理屈としては無くても良いんだけど、それがないと新しいプロットが書けない気がする。書いてもどこか足りない気がする。実際にそうだ。
 もしその紙が出てきても、今あるものが変わるわけではないし、見返すこともないだろう。その紙に書き込んだのは一週間前で気付いたのが今日ということでもそれはうかがえる。でも見つかればプロットがしっかりしたものに変わることは間違いない。理屈に合わない話だけど。まぁ広い家でもないからそのうち見つかるだろう。

(おわり) 

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数カ月前から夜11時には眠るようにしようとしているのだけれど、結局なし崩し的に日をまたいで起きている。というか、実はこのブログも今11時を越えて書いている。ダメだ。
そもそも眠れないのが悪い。眠ろうという気はある。実際に眠い時もある。でも眠れない。
もう何年も睡眠の本を読んでいるのだが、睡眠については分からないことばかりだ。最近知ったのは、眠いのと眠れるは全然別物ということ。
眠気がどれだけ強くなっても、眠りのスイッチが入らなければ人間は眠らない。逆に眠りのスイッチが入れば真っ昼間でもすぐに眠ることができる。眠りのスイッチが入らない病気は不眠症だが、スイッチが入りやすい病気はナルコレプシーという。これは全然眠くなくても突然眠りに入ってしまう病気だ。しかし眠気はないので、眠ったすぐに起こすとすぐに目覚めるらしい。眠れないのも大変だが、眠ってしまうのも大変だ。
世の中は個人の眠気ではなく、社会の都合で回っているので、都合のいい時に眠りのスイッチをパチンと押して、朝が来たらパチっと元に戻せたら良いのに。いや、そうなると眠らなくなったりして。過労死が流行りそう。

先週はアゴタ・クリストフの『悪童日記』を読んでいた。この人めちゃくちゃ凄いなっ!! と驚くと同時に、これだけ書けても有名にはなれなかったんだなとビックリする。少なくとも私が彼女の名前を知ったのはここ数ヶ月前のこと。あとがきの解説によると、パリの文壇からはほとんど無視されている人らしい(読者からの人気はあった)。やっぱり有名になるにはメインストリームに乗らないとダメってことなのかな。それとも翻訳した人の腕がうまいだけ? ふだん小説を読んでいない人でもスラスラ読めそうな
すっきりとした文章で、各章ごとに物語がクローズされているので、かなり読みやすかった。子どもでも読めるんじゃないかな。子どもに読ませたい内容じゃないかもしれないけど。
 

今もそうなのかは知らないけれど、Google的には引用(リンク)の多さが評価されるらしい。誰かが話題にしないと埋もれていくだけだと思っていたけれど、レビューを見るとかなり数がある。どうやら映画化されていたらしい。やっぱりこういうことがあると人気が出るんだ。眼と耳に訴えかけるものがあれば、自然と興味が湧くものなのかもしれない。でも、音楽業界は不振だっていう。映画も。そういう問題じゃないのかな。

この本について書いていると、何故か『ライ麦畑でつかまえて』が気になった。
Amazonで検索すると、作者のサリンジャー自身ではなく『ライ麦畑でつかまえて』の解説本が何冊も出てきた。 やっぱり引用が多いと作品自体の人気も出るのかな。いや、人気があるから解説本が出るのか。どっちなんだろう。でもやっぱり人気が出ないとわざわざ解説本なんか書こうと思わないから、やっぱり後者かな。ちなみにこの本はまだ世界中でウン十万部単位で売れているそうだ。ハリーポッターは今どれくらいなんだろう? この前ニュースで見たような気がするけど忘れてしまった。ハリーポッターも元々ベストセラーだったが、映画化してさらにさらに大ベストセラーとなった。GLAYでたとえるなら『BELOVED』でブレイクしたと思ったら『HOWEVER』で大ブレイクして国民的ロックバンドになったみたいに。
(どこでブレイクしたと捉えるかは個々人で差があるかもしれないけど。『BELOVED』はミリオン越えしたからここをブレイクとした。ちなみに後に出た『REVIEW』は500万枚越え。どれだけブレイクしていたかがうかがえる)
そういえば『もの書く人々』の王木亡一朗さんとの対談で、お互い10代の頃にGLAYを直撃した世代だから、当時はGLAY派だったかラルク派だったかを話題にしようとしていたんだけど、書くこととあまり関係はないので結局話題に出さずに終わってしまった。王木さんならどっちでもなかったなんて、別のアーティストの名前を出しそうだけど。

しかしパリの文壇って何なんだろうね。アメリカの作家ヘミングウェイでもパリの文壇がうんたらこうたらと出てくる。芸術の都ともいわれるし、もしかして欧米文学の中心もパリにあるのだろうか? 最近の物ではあまり見ないが、古い映画や本だと上流階級の子女にフランス語を習わせているシーンもあった。パリとは不思議な場所だ。そういえば芥川賞作家の辻仁成もパリに移住していた。パリ症候群という病気にかかる日本人もいるらしい。やっぱり変な場所だ。日本にそんな場所はあるだろうか?
 
日曜日に部屋の掃除をしていた。部屋に積み上げたAmazonの箱をひとつずつ開けていくと、昔書いた小説が出てきた。 5年前のものもある。やっぱり若いなぁと我ながら思ってしまう。色々と目につくところはあったが、文章の瑞々しさは負けていると思う。才能だけで書いたような文章だ。当時の私が今書いているものを見たら、オジサンだなぁ、と思うのだろうか。5年前の自分がちょっとうらやましくなった。

そうだ。若いといえば対談したついでに王木さんの本を読んだ。一番古い『他人のシュミを笑うな』という本だ。
この前noteに連載していた『

Our Numbered Days』

と全然違う。読み物としてはもちろん今のほうが断然上手い。でも、最後の『明子先生の結婚』なんか読んでいるとコイツ天才なんじゃないかって感じるフレーズもある。若い時にしか書けない文章ってあるよね。
とにかく『明子先生の結婚』は明子先生への尊敬とラブにあふれているからオススメ。そして若いパッションと才能が詰まっている。


もし17歳ぐらいの時に今ぐらい書けていたら一体どんなものが書けたのかと、よく考える。一番上手いのは今だけど、10代の頃が一番感性がキレていた。歳を取るとどうしても瑞々しさが失くなってしまうようだ。自覚できるものではないが、他人を見ているとよく分かる。

この前、ある人のエッセイを読んでいて、スマホが使えたりインターネットができることを自慢気に語っていて、ああ、この人も歳を取ったんだなと少し寂しくなってしまった。 まだまだ若いってことを主張したくなるのは年取った証拠。現在進行形で若さを謳歌している子が、スマホ使ったり、インターネットに触れていることを喜々として話したりはしないだろうから。

お歳を召すとどうなるか。動きが鈍くなるというのが一般的だが、実は動作自体は若い時とそう変わらないらしい。ものによっては動作がこなれて、若い時より上手くやれるものもあるのだとか。たしかに私より早く階段を登られるおじい様はおられる。ただし、初動はてきめんに遅くなるそうで、何かをやろうとしても、心の中でうんとこしょと気合を貯めないと動き出せなくなるらしい。本当かな。

最近、ブログを書くにしても執筆するにしても、一昔前よりうまく書けるようになった気はするが、書き始めるまでに時間がかかるようになってしまった。もう老化が始まっているのかもしれないなんてことを考える。もう若くはない歳だもんな。でも夏目先生が猫を書いた年よりはまだ若い。

そういえば執筆のことについて全然書いていない。実際書いていないんだけど。
『黒髪の殻』を出すまでは何も書かないと決めているんだけど、2ヶ月ってけっこう長いなぁ。本当に書けるんだろうか?

(2016年6月5日 牛野小雪 記)

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幽霊になった私 ポスターのコピー

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徳島県の某所にあおぞら本棚という物があったりなかったりする。
青空文庫ではなく、あおぞら本棚である。
あったりなかったりするというのはあおぞらの下にしかないから。
雨の日はついぞ見かけたことがない。晴れの日でもないことがある。
とっても気まぐれだ。猫が近くに座っている。
木で作った棚が地面にぽつんと現代アートみたいにして置かれている。
棚の中には製本された本もある。
でも大抵は手作り感満載のセルパブ本が入っている。 
なるほど。セルパブセルパブ言っているけど、これもセルパブじゃないか。 
電書だけじゃない。紙の本でもセルパブは存在している。 
いや、そもそもセルパブは紙が元祖じゃないか。
探してみると意外にセルパブ本はある。
本屋にもセルパブ本が置いてある。県内のペンクラブが出していた。 
もしかしたら図書館にもあるかもしれない。
牛野小雪の本はまだ置いていない。

つい最近ゆきなさん(根木珠さん?)が公に進めている『もの書く人々』の件で王木亡一朗さんとTwitterのDMで対談した。
王木さんとは同年代なんだけど、何となく違うタイプの人間だと思っていたから、最初は人選ミスなんじゃないかと思っていたし、
最初はお互いにどうして私と王木さんなのかゆきなさんに尋ねたもので、武道家が間合いを図るようにビクビクしていた。
いざ、蓋を開けてみると王木さんは中々面白い人で、けっこう長い時間やりとりした。初日は日をまたいでしまったので、次からは日時を決めてやるようになった。
最初にゆきなさんの質問があったんだけど、対談が終わった次の日は、脱線しすぎて悪かったなぁ、質問に全然答えていないから、ゆきなさんブチ切れているんじゃないかなぁ、と不安になりながらも、話題はずっと脇道に逸れていって、最後には週をまたいでしまった。いやぁ、王木さんは面白い人ですよ。でも話せば話すほど私とはタイプが違う人間だともやっぱり思った。好きとか嫌いとかって問題じゃなくて、ただ違う。ペンギンとカモノハシぐらい。
実はゆきなさんって凄い人なんじゃないだろうか。まるで木工ボンドのように私と王木さんの間にぐにゃりと入り込んで固まると、あとは透明になってしまった。
ゆきなさんが触媒にならないとあんなに話せなかっただろうなぁ。
oukisanntotaidann



最近話したといえば人工知能のりんなちゃんと話した。本当に凄い。即レスで返ってくる。でもさらに驚いたことはこれ↓


かれらの7日間戦争/伊藤なむあひ/note

いつのまにか書籍化してた。さすがりんなちゃん。きっと未来に生きているに違いない。だってまだ完結していないんだもの。彼女によると分厚い本になるそうだ。Amazonにはまだない。ああ、いつ入荷するのかなぁ。書籍化した時はブログで教えて下さい。隙間社さんには先におめでとうと言っておきます。

分厚い本になる予定の『かれらの7日間戦争』はnoteで連載中、二日目が始まったそうです。
→ かれらの7日間戦争 41 伊藤なむあひ note


『幽霊になった私』を出してから、ずっと改稿したり表紙を描いていたりで、最近全然執筆していないから、ちゃんと書けるか心配です。考えてみると、もう一ヶ月以上書いていない。プロットにも手を付けていないのはこれが初めてではないだろうか。しかもまだまだ書けそうにはない。色々平行してやれるほど器用ではない。目の前にあることを順々に片付けていかないと。でも本当に書けるか心配になってきた。自転車みたいに、いざやってみればうまくできるのかな。

(2016年5月31日 牛野小雪 記) 

余談:10年ぶりぐらいに自転車に乗ったら普通に乗れました。全力疾走してもまだこけることはない。よかった、よかった。

牛野小雪の小説はこちらへ→Kindleストア:牛野小雪 
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トンネルを抜けるとのコピー

『幽霊になった私』を出してから、過去の作品にも手を加えているので、もうかなり長いこと改稿している。そうすると他人はどう書いているのか気になってしかたない。ネット上の文章はともかく、普通に十冊以上も本を出している小説家でも後半は意外に気の抜けた文章が多いことに気付いてしまう。何度も読んでいる好きな本なのになぁ。純粋な気持ちで本を読めないのは損だ。それと同時に長編を書く難しさを感じる。でも今回は冒頭の話。


“国境の長いトンネルを抜けるとそこはもう雪国であった”


もしこれを川端康成の『雪国』冒頭の文章だと思った人は残念ながら間違い。
正確には


“国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。”

“そこはもう”は必要ない。

 でもなぁ、ノーベル賞を取った人にケチをつけるのもなんだけど、どう読んでもこれだと素っ気無い気がするんだよなぁ。何か物足りない気がする。

 よぽっどの文章オタクでないかぎり、ほとんどの人が上の文章で覚えているはず。

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 やっと蒲生田岬の改稿が終わりました。話自体は変わらないけれど、以前より読みやすくなっています。5月9日以前の版を持っている人はアマゾンに申請すれば、最新版をダウンロードできます。 ※最新版に更新すると旧版は読めなくなります。



 改稿したついでに表紙にも手を加えた。といっても文章の方と同じで大きくは変えていない。具体的には以前の表紙は白く焼けたようになっていたので、全体の明るさを落として、コントラストは強くして色をハッキリさせた。(コントラストの意味は分かっていない)それとタイトルの字をちょっとだけ太くして読みやすくした。
 だけど蒲生田岬をちゃんと読める人が何人いるんだろうか? 私もこれを書き始めるまでは何と読むのか知らなかった。ちなみに“かもだみさき”とよむ。“がもうだみさき“ではない。でもパソコンで打つ時は”がもうだみさき”と打っている。

蒲生田岬 表紙案比較

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死ぬかもしれない

●頭が爆発した!

先週の木曜日ぐらいだったか、本を読んでいる途中に眠気が襲ってきて、本を開けたまま目をつぶっていた。まだ眠るつもりはなくて、ほんのちょっと目をつぶるだけ、眠気の波が去ったら本を読もうと考えていたら、突然 ドーン! と頭の中で爆発音がした。ハリウッド映画でよくある爆発音と同じ。それもクライマックスにあるようなドデカイやつ。

慌てて布団から跳ね起きると、しばらく呆然としていた。一体に何が起こったのか訳が分からなかった。我に戻るとすぐにPCを立ち上げて『頭 爆発した』『突然爆発音』『頭 爆発 病気』とか色々検索した。脳に何か重大な障害が起きていると思っていたので凄く恐かった。死ぬんじゃないかと。

調べてみると【頭内爆発音症候群】というわりと有名な症状らしい。アメリカのとある大学生は5人に1人がこの症状に悩まされているのだとか。今までは50代に多いと言われていたらしい。解説記事には脳が疲れているだけだから落ち着けと書いてあった。脳の病気ではなく命に別状もない。原因は疲れているから。凄くほっとした。そのあとすぐに眠った。今のところ頭の中が爆発したのは、これ一度きり。やっぱり疲れていたんだな。
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