5月に『生存回路』という題名の小説をリリースしたが、しばらくブログもツイッターも更新しなかったので「生きていますか」というタイトルのメールをもらった。4年ぐらい前にも同じようなメールをもらった。そういえばあの頃からブログを書くようになったのだと思い出した。生存報告をするために今日はちょっと書いてみることにした。

 来年の4月1日に『山桜』という小説を出すつもりで、それまでは『難聴製造機』という短編を出すぐらいで、小説のリリースは無しにする予定だ。かなり時間のマージンを取ったので、手広くやろうと
5月は色んな本を読んだが、本当に手広すぎて何にも物にならなかったという事態が発生した。何らかの方向性がないとダメだと、一つ決め打ちをしたら予想外の方向に伸びて、もしかしたら長編になるかもしれないと注力することにした。輪郭はもう捉えている。仮題は『流星を打ち砕け』だ。『世界が終わる日~人生最悪の48日間~』というアイデアもあったが、世界が終わらないのでボツになった。

 オペラント条件付けという心理学の手法がある。俗にいう飴と鞭だ。小説が4000字以上書けたり、ノートかプロットを4ページ以上書けた日は近くにある自動販売機でジュースを買うことにしている。正の条件付けだ。しかし、目標の分だけ書ける日は少ないので、この行動は強化されていない。

 そろそろプロットラインを書く頃だという予感はあるけれど、書き出せない。たぶん失敗することを恐れているのだ。そしてそれはたぶん正しい。私はプロットラインを書き切れない。こういうのは何回も引き直しながら完成させる物で、書ききれなかったところから、また新しい切り口を発見しながら書いていくものだ。最初の一回でプロットを引けたことなんて今まで一度も無い。しかし、それは理屈で、感情では失敗することが分かっているから一歩踏み出せずにいる。

 というのを雑感帳を書いていて気付いた。それならルールを変えればいい。プロットの完成を目的にするのではなく、失敗することをゴールにする。それでチャレンジを恐れないようになる。何度でもトライできるようになる。

 という自己啓発書みたいなアプローチも失敗する。

 結局はいつものように失敗を受け止められるようになるまで、心の余裕ができるのを待つしかないのかとも考えたが、そこでふと上のオペラント条件付けを使えないかと思い、全然書けなかった日に自動販売機でジュースを買って飲んだ。いやいや、失敗に報酬を与えるとダメなるのではないかと思われるだろう。もちろんダメだった。次の日もプロットラインを引けなかった。

 書けない原因は失敗するからではなく、失敗を予想するところにあると私は考えた。失敗→ジュースではダメで、失敗=ジュースでなければならない。パブロフの犬だってベルでよだれを垂らす。というわけで私はプロットを書く前に、今日はプロットラインを引き切れなくてジュースを飲むという想像をした。冷たく甘い感覚が口の中を通っていくイメージをする。すると、その日はプロットラインを引けた。次の日は、もっとうまく引けた。こうして先週は全体のプロットラインを4回も引けた。未だにプロットは書き切れていないが、書き始める前のプロットラインとしては今までで一番引き直した数が多い。しかも1週間で4回も引いたのは初めて。前代未聞の大快挙からして、たぶんこのアプローチは間違っていない。

 失敗予期にジュースを飲むところをイメージすれば、ジュースは飲まなくてもいいのではないかと予想したが、一度だけで効果がなくなった。あるいはたまたまその日が書けない日だったのかもしれないが、たぶん学習したのだろう。『妄想に騙されるな』と。やっぱり失敗にはジュースが必要だ。自分に嘘をつけるのは一度だけ。
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(おわり)

追記:プロットの穴を突きつけられると、やっぱりまだ足りないところがあるのだと分かる。今週はその穴を埋めるために狼の群れの本を読み狂いしよう(よみぐるい しよう)。

追記:なぜ報酬がジュースなのか。甘さは確実に効果があるから。現代人に肥満の悩みが尽きないのが、その証拠だ。最初はチュッパチャップスだったが、よだれでべろべろになった棒がゴミ箱にたまるのが嫌だからジュースにした。でもチュッパチャップスでも大丈夫だろう。

追記:たぶん書けたことに報酬を与えても正のフィードバックはない。夏目先生も毎月たくさん給金を貰っても書けないものが書けるようにはならないと言ってたし、私もそう思う。2兆円くれても、いま胸の中にあるものを書けるとは思えない。お金に目がくらんで「これが正真正銘偽りのない私の小説でございます」とごまかすかもしれないけど。
 一度だけなら許される?

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