マーク・ボイルというイギリス人が書いたぼくはお金を使わずに生きることにした を読んだ。タイトル通り貨幣経済から離れた生活をするという内容だ。イギリス人ってのは面白い。この前は人間をお休みしてヤギになってみた結果 というのを読んだ。この人は0からトースターを作るということもしている。欧米人(欧米といっても範囲は広い。まぁ俗にいう白人ってこと)はこういう挑戦をする人達が時々出現する印象があるけれど、私はそれを支える仕組みがあることの方が面白かった。前者のお金を使わずに生きるにしても、お金を使わずにどうやって豊かに生きるかのノウハウを共有し合うコミュニティがあるし、ヤギになるにしても政府(もしかしたら違ったかも。まぁパブリック的な何か)から研究資金が出たりする。日本人にも奇人変人の類はいるんだろうけど、そういう人達を受け止める仕組みがないから、社会から逸脱してしまうんだろうな。

 さて、そのお金を使わずに生きる本を読んで、私も真似しようと思った。何にでもすぐ影響を受けるのである。とはいえ、いきなりホームレス生活に突入するのは無理なので、とりあえずフリーナッツの在り処を探ることにした。フリーナッツとは自生しているピーナッツとかクルミみたいな木の実である。

 イギリスと日本の植生は違うので、本に書いてあるのと同じ生活をするのは無理だと分かった。それで日本にあるナッツ類を調べるとオニグルミという在来種があるのがすぐに分かった。オニグルミの木からは周りの植物の成長を抑制する物質が出ているので、近くに他の植物を植えられないとか、種は大雨などで増水した時に川を流れて運ばれるとか、そういう知識を手に入れると、自生したオニグルミは河川敷に生えているはずで、しかも周りに草木がないぽつんとした状態で生えているはずだとすぐに予想が着いた。

 さっそく河川敷沿いの道を車で走りに行く。山の近くまで行かなければ見つからないだろうという予想に反して、オニグルミらしき木はすぐに見つかった。ぽつんとした感じではないが、下草が異様に少ないのでそれだろう。国道のそばの、セメント工場とか、病院とか、スーパーが近くにある場所だ。河川敷の道を降りて、木の近くで葉を確かめると、その木はやはりオニグルミだった。しかし、地面に落ちていた実は古そうだったり、虫が食ったりしていたので拾わなかった。近くに人が住んでいる場所なので食べられそうな物は、みんな拾われてしまったようだ。
オニグルミ2
 そのクルミの木から少し離れた場所に畑があった。おかしいと思ったのは、そこは台風や大雨で増水すると、川底に沈んでしまう場所だったからだ。農業には向いていない土地で、実際に畑も綺麗に区画整理されておらず、植えられているのもキャベツや、ブロッコリー、インゲン、ナスビ(春なのに何故か実っていた)と統一されておらず、機械が入った感じもない。市民農園なのかもしれない。枝豆の種が使いきれないほどあるが、こういう場所でなら使いきれそうだ。

 その畑で一人のおじいちゃんがクワで土を耕していた。私が畑を見ながら歩いていると、向こうでも私に気付いて、クワに両手を置くと体を起こして私の方をじっと見てきた。「こんにちは」と挨拶すると、頭の中でごちゃごちゃがあったようで、しばらくした後で「ああ、こんにちは」と向こうも挨拶を返してきた。おじいちゃんの足元には嘘みたいにつやつやしたキャベツがいくつも並んでいた。
脱法おじいちゃん
「ここってどういう畑なんですか?」

「あぁ~、ここはみんなで耕っしょる畑なんよ」

「市民農園ですか?」

 おじいちゃんの顔が微動だにしないので「市役所とか、県とか、そんな感じのところから借りている感じですか?」と聞き直した。

「う~ん・・・・」とおじいちゃんは考えている。

「ここって何円ぐらいで借りられますか?」

「いや、ほんなんはいらん」

 おじいちゃん即答。手を顔の前で素早く振る。

「えっ、タダなんですか!?」
 
 おじいちゃんは顔を斜めにしながらうなずく。

「ここってどこで許可を取るんですか?」

「いや、ほんなんもいらん」

!?

「あっ、もしかしてここ、ご自分の畑ですか」

「ちゃう。みんな勝手に耕っしょる」



 おじいちゃんはどうやら脱法的に畑をやっているのだと察した。
 フリーナッツを求めていたら、とんでもない物を発見してしまったようだ。もうオニグルミなんてどうでもよくなって、この脱法畑の方に興味が湧いた。
 

「ところでおたく、どこのひと?」とおじいちゃん。脱法者だが邪悪な感じはしなかったので正直に話すと、同じ町内に住んでいる人だと分かった。世間って狭い。

 よもやま話をして、オニグルミを探しに来たことを話すと

「あぁ~、あそこのクルミ。ワイが植えたんよ。10年ぐらい前。あんなに大きぃなるんや、全然思わんかったわ~」

 という事実を知る。手付かずの自然なんてこの世に存在しないんじゃないかって気がしてきた。他にも何たら(何かは忘れた)を植えてあって、秋になる前に収穫できるらしい。

 枝豆の種が使いきれないほどあるという話もして、話の自然な流れで

「それじゃあ、私が勝手にこの辺を耕してもいいんですか」と言ってみた。

「いや、ほんなんあかん! なに言よん、あんた!」

 おじいちゃんは目を見開き、ヤンキーを見るような顔をする。

「えっ、ここって勝手に耕してもいいんですよね?」

 おじいちゃんは蛮族に遭遇したような顔になる。本当にダメらしい。

「ええっ、ダメなんですか・・・・」

 世間知らずな調子で聞き直す(実際に知らないけど)。おじいちゃんはようやく人間を見るような顔に戻る。

「あんな、ここはみんなが耕っしょるところやけんな。ちょくちょく顔出して、空いとるところがあったら、ここ耕してもええで?、ってきいて、ほれでみんながええって言うたら、耕してみたらええわ」

 と、おじいちゃんは言った。しかし、私達は畑を見渡して、どこにも空きが無さそうなことを確認した。

「····空いてないなぁ。ほなけど、ここ年寄りばっかりやけん。ほのうち見えんようになるけん。空きが出たらな。他の人にきいて、ほんでからやったらええわ」

「はぁ、そうですか」

 その後、おじいちゃんは年寄りらしく同じ話を何度か繰り返した。飽きてきたので帰ろうと思っていると、おじいちゃんの声音が変わった。

「あっちの方な」

 おじいちゃんは畑の外側に広がっている藪を指差す。

「今度○○さん(唐突に元閣僚の苗字が出てきて、もしかして繋がりがあるのかなと邪推する)が重機入れて開拓するって言よるけん。もしかしたら空きができるかもしれんわ」

「開拓って勝手にしてもいいんですか」

「うん、広うなるけんな。まぁちょくちょく来て。他の人に声かけてみたらええわ」

「なるほど。それじゃあまた来ます」

「うん」

 たとえ脱法畑でも勝手に耕してはいけないんだなと感心した。脱法界にも掟があるのだ。人の手が入っていないオニグルミが存在しないように、何でも自由にできる場所なんて、この世には存在しないのかもしれない。でも、野性の法律を発見したのには、ちょっと感動した。自然は空白を嫌うらしいが、人間は無法を嫌うのだ。

(おわり)

※この話はたぶんフィクションであり、実際の人物、団体とは関係ありません。

雑感:脱法畑にも法律的な掟はあったわけだが、道がないというのは面白かった。国か県が通したであろう河川敷の道はあったが、脱法畑には農道的な物がなく、田んぼ20個分ぐらいの土地はびっしりと畑で埋められていた。奥の方の畑を耕しに行く時は畑を通らなければならないだろう(後日調べると市民農園には道があった)。国がなくても法律はできるが、国がなければ道はできないのかもしれない。この前NHKで千鳥のノブ(だったかな?)の父親が町議会議員になって、その時にやったのが道を作ることだった。やはり政治の本質は道を作ること? 全ての道はローマに通ず。ローマがやったことは道を作ることだった。道路もそうだし、水道もそう。道を作ったことで教科書に載っている。アレキサンダー大王がペルシャまで領土を拡大したなんてことはスペクタクル映画を見るときぐらいにしか思い出さないし、モンゴル帝国なんて元寇とヨーロッパまで迫ったことぐらいしか語られない。そういうことを考えていくと、バブル崩壊から始まって、失われた30年と言われた平成が終わり、明日から令和に改元される日本という国家がやらなければならないことは、徳島県を通っている国道55号線の車線をあと1本か2本増やすことだと確信した。平日の朝夕と土日はいつも渋滞しているから。あと高速道路をタダで走れるようにして、ガソリンと車にかかる税金も全て撤廃。欲をいえば消費税も無しで。

雑学:日本で消費税が導入されたのは平成元年4月1日

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明日新刊の『生存回路』が出ます。