flying bikeのコピー
 
YOUTUBEBMXを初めて見た時は衝撃的だった。自転車は地面を走る物だと思っていた。でも画面の中では自転車が坂や階段で飛び回っていた。アオイにもそれを見せると、アオイは魂が抜けたように画面に釘付けになった。きっと僕も同じ顔をしていたんだろう。僕達は関連動画からBMXが消えるまで何日も画面を覗き込んでいた。

 僕達が住む町の隅っこには、じいちゃんいわく「金を払ってでも手放したい土地」がある。そんな場所だからゴミがよく捨てられていたが、誰からも見捨てられた土地なので、誰もそれを気にすることはなく、ますますその土地は汚くなり、ゴミも山のようになった。誰からも見捨てられた土地ということは、親達の目もないということで、僕とアオイは毎日ゴミ山に潜り込み、夕方まで遊んでいた。

「なあ、これってジャンプ台になるんじゃないか?」

 僕はゴミ山の頂上に登るとアオイに言った。

「ジャンプ台って?」

BMX

 アオイもゴミ山の頂上に登ると、麓にある雨でえぐれた穴を見て「なるほど」と言った。
 その日から僕とアオイはゴミ山のゴミを綺麗な坂になるように積み上げて、仕上げに板を立てかけて坂を作った。

 僕はゴミ山の頂上から自転車で坂を降りた。降りたというよりは落ちるという感じで、ペダルを漕がなくてもとんでもないスピードが出て、坂の終点にある雨でえぐれた穴に落ちると、その勢いのまま穴のふちで自転車がジャンプした。僕はススキの中へダイブした。

「お~い、生きてるか~?」

 アオイを心配させたくて、僕は目をつぶってススキの中で倒れていた。

「お~い、カズマ・・・・・・」

 本当に僕が死んだのではないかとアオイが心配そうな声で僕のそばにしゃがむ気配を感じた。僕はとっさに体を起こすと「わっ!」と声を出してアオイを驚かせた。アオイも「わっ!」と声を上げると、後ろに転がってススキの中ででんぐり返しをした。

「くそっ、死んでれば良かったのに!」とアオイが毒づく。

「死ぬわけねえだろ、ば~か!」

 それから僕はまたゴミ山の坂でジャンプした。ススキの中へダイブすると、もう一度死んだふりをしたが、今度は石が飛んできた。

「さっさと生き返れ、くそったれ!」とアオイの声がする。

「アオイも飛べよ」体を起こすと僕は言った。

「危ないからいいよ」

「危なくなんかないよ、すっごいから」

 そう言って僕が何回か飛ぶと、アオイも飛んでススキの中にダイブした。しばらく起き上がってこなくて死んだふりをしていたのは分かっていたので、僕は騙されたふりをして「救急車を呼んでこなきゃ!」と走り出して、アオイを驚かせた。

 それから僕とアオイは毎日ゴミ山の坂で加速して雨でえぐれた穴のふちでジャンプすることを繰り返した。カゴや泥除けとか、後輪に付いている自転車を立てるための何かとか、外せる物は全部外すと、自転車が軽くなって、もっと長く飛べるようになった。

 僕とアオイがどれだけ飛べるかを競っているところに新しい仲間が加わった。丘の上にある西洋風のデッカイ家に住んでいるタマキ君だ。

 タマキ君の自転車はBMXだった。僕達の自転車と同じでカゴも泥除けも付いていなかったが、自転車自体が軽くて片手でも持てそうなほどだった。僕とアオイはBMXを借りて飛んだことがあるのだが、いつもより2秒ぐらい長く飛べた気がした。やっぱり本物は違う。でも僕とアオイの方がBMXに乗ったタマキ君より上手く高く飛べた。

 僕とアオイとタマキ君は毎日ゴミ山で飛んでいたのだが、ある日タマキ君が「他の子達も呼んでいいかな」と言った。もちろん僕達はすぐにOKを出した。次の日曜日にBMXに乗った四人の子達がゴミ山に来た。四人とも知らない子で、タマキ君が通っている同じ塾の子だそうだ。それは別に何でもなかったのだが、四人の内の誰かの父親が一緒に来ていた。

 親達のいない僕達だけの場所に大人がいるのは奇妙な気分がした。ゴミ山でジャンプするのがどこか後ろめたい気持ちがした。でもタマキ君や四人の子は楽しそうにジャンプしていた。父親も何も言わなかった。やりたいようにやらせているという感じだ。

 それから毎週日曜日は四人の子が来るようになった。誰かの父親も一緒だ。どの父親も何も言わずに僕達を見ていたが、ある時から四人の子の頭にヘルメットが、ヒジとヒザにはプロテクターが着くようになった。

 誰かの父親はゴミ山にある空き地にスコップで土を盛るようになった。月が変わると四人の父親が総手で作るようになり、ゴミ山の一角にYOUTUBEで見たような、きちっとしたBMXのコースができた。

 地面がしっかりしているのでゴミ山で加速してジャンプして飛ぶより綺麗に飛べそうだった。事実タマキ君や四人の子はゴミ山ではちょっとしか飛べなかったのに、コースの上だと僕とアオイより上手く高く飛んでいた。

 僕とアオイは何故か飛べなかった。それどころかジャンプした後、転ぶことが多かった。ススキの中にダイブするだけだったから着地のことなんてこれっぽっちも考えてなかったからだろう。

「大丈夫?」

 僕とアオイが、いや、誰かが転ぶと、誰かのお父さんがすっ飛んできて声をかけてくる。本当に心配している感じの声で、かえって気詰まりするほどだった。タマキ君や、他の四人だとそのままだけど、僕とアオイの時は「君達はヘルメットやプロテクターを付けないのかい?」と言ってきた。これまた怒っている風でもなく、からかっている風でもない。本当に心配そうな声と顔だった。僕とアオイは「全然平気だよ」と答えていた。嘘や強がりじゃなくて本当に平気だった。擦りむいて血が出る時もあったけれど、全然へっちゃらで、むしろ心配そうに気を使ってくれる方がへっちゃらじゃなかった。放っといてくれよ、と言いたかったけれど、そんな気にならないほど優しいお父さん方だったから僕は何も言えなかった。アオイも同じだったんだろう。

 そんな優しいお父さん方だから、ついには僕とアオイの分のヘルメットとプロテクターを持ってくるようになった。僕とアオイは全力で首を横に振って、ヘルメットとプロテクターを付けずにジャンプした。それもゴミ山の方でだ。タマキ君や四人の子は土を固めたちゃんとしたコースでジャンプしていた。

 別に嫌いになったわけじゃない。僕とアオイはタマキ君に話しかけづらくなって、特に四人の子とは一言も喋らなくなった。僕らと彼らの間には沈黙の溝が横たわっていた。何度も言うけれど嫌いになったわけじゃない。でも気まずくなった。僕とアオイは気まずさを避けるようにゴミ山には行かなくなった。

 その後ゴミ山からゴミが撤去されて、明るいオレンジ色のフェンスに囲われたBMXのコース場ができた。タマキ君や四人の子だけじゃなくて、たくさんの子ども達であふれかえった。みんなヘルメットとプロテクターを着けていた。

 でも数年後には誰もそのコースを使わなくなり、フェンスにツタが絡み、土で固められたコースは草で覆われた。そしてまたゴミが捨てられるようになった。でも僕とアオイは大きくなってゴミ山には近付かなくなったし、他の誰かが遊び場にしているようでもなかった。それから何年も経ったがゴミ山は明るいオレンジ色のフェンスに囲われたまま静かに眠っている。

(おわり)