ブログ開始
2013/10/23

 ツイッターだけではなくブログも始めました。
 ここにはふと考えた雑感を書こうと思っています。

1日に書ける文章量とその成長可能性について
2013/10/26

 最近1日に書ける文章量というのは決まっているのではないかと思う。
ある程度書いていると頭の芯が熱を持ったようになる。油が抜けてすかすかなった気分がする。
こうなるとどうやっても言葉が浮かんでこない。
書くのが難しい場所、簡単な場所があるがこの状態になるともう駄目である。
どんなに簡単な場所でも書けなくなる。
逆にいえばこの状態になるまでは書けそうにない難しい場所も案外書けてしまう。


経験的にその状態に入るまでの長さは睡眠を挟んで1日単位で決まっているように思う。
朝起きて大体今日は書けるかどうかが分かる。
まだ頭の芯が熱くない時はどんなに不安でも一度机に座れば書ける。
朝起きてすぐに頭の芯が熱を持ったようになっている日がある。
そんな日はどれだけ机に座っても書けない。

ある日、執筆力も筋肉と同じではないかと考えた。
調子の良し悪しで変わるが1日に上げられるバーベルの回数は大体同じである。
これは書くのも同じ。
しかしバーベルを上げていると体が鍛えられて上げられる回数が増えていく。
これも同じなのではないかと思う。
というのも前作『火星へ行こう』を書いていたときに途中から毎日どれだけ書いたかの記録をつけるようにしていた。
波はあるが書けるときは1日1400字を書ければ良い方で2000字を越えればビックリした。3000字だと奇跡が起こった!という事態である。日記にもそう書いてあった。


で、今はというと書けるときは当たり前のように2000字を越える。3000でもまあありえるかと思うぐらいだ。
こういう訳で執筆力も筋肉と同じように鍛えられるのではないかと考えた。
質の方は計ることが出来ないので除外したが、量だけ考えればそうである。

小説を書く時の心境と進み具合について考えたこと2013/10/27

 先日1日に2000字書くのが当たり前と書いたが、毎日2000字書けるわけではなく、書ける日は2000字という意味だ。書けない日だって当然ある。ちょっと調べてみたが書けない日の方が約2倍多い。それに明らかに波がある。
 まず最初にちょろっと書ける。良い流れだと次の日はもっと書ける。三日続けば一週間ぐらいはどんどん書き続けられる。
 ある日書くペースが落ちる。次の日はどかっと落ちる。時に持ち返す時もあるが大体1、2日で書けなくなる。そうするとまた一文字も書けなくなってしまうのだ。
 その時の心境は二通りある。その時の日記を読むと片方は『もう駄目だ、このまま一生書けない。この小説は未完で終わりだ・・・』と悲観的になる場合と『おかしいぞ!あらすじもある。プロットもある。ここはこうしてああして後にこう繋がるんだ。そこまで分かっていて、書けないとはどういうことか!』と自分に怒っている場合。
 どっちにしても書けないというのは同じ。また立ち直る早さも違いは無いようだ。
ちなみに一番書ける時は『書けるかどうかが分からないが、まあやれるだけやってみよう』というなんだかよく分からない心境の時だ。こういう時は目か腕が続く限り1日中書けるし、よく進む。
 そこで、感情を平面上の山に例えると、小説が書ける心境というのは不安定な山の頂上、書けないという心境は安定的な山の麓ではないかと推測した。
 静かすぎてもいけないし、激しすぎてもいけない。プラスマイナスゼロがちょうど良い。
 心というものは波の様に押しては引いたりを繰り返しているようで、波がちょうど沖と陸の間がよく書ける位置だ。この時は心が山の頂上にある。
 波が押しきっていたり、引ききったりしているときは山の麓に心があるようだ。
 そう考えると書ける日と書けない日の比率が約1:2という説明も立つ。山に頂上は1つ麓は2つだからだ。
 そしてまた、私は自分の感情を自然に任せたままで制御できていないということでもある。
 だから今日も全然書けなかったのは感情が引いてしまっているせいだ。私のせいじゃない。
 あ~あ、なんとかして不自然に自分の感情を上げ下げできない物かと思う(変なクスリは無しで)。そうすれば毎日書きまくれるのになあ。

眠れない夜にセロトニンの事を考えていた
2013/10/31

  最近はなかなか寝付けないし眠ったとしてもすぐに目が覚めるのでネットで色々調べている。眠れたときに書けるとは限らないが、眠れなかったときは確実に書けないのは不思議だ。
 まず、メラトニンという脳内物資が分泌されると眠気が起こり、その量が多ければ、ぐっすりと深い眠りに入ることもできるようになる。
 そのメラトニンができるためには薄暗い光とセロトニンが必要で、どっちか片方だけでもいけない。
 薄暗い光は簡単だけど、セロトニンの方はどうすれば良いのか調べると、セロトニンはトリプトファンとビタミンB6が合成されて作られるそうだ。トリプトファンは鰹にたくさん含まれているので、毎日鰹節ごはんを食べていれば夜も快眠できるのかもと推測した。
 鰹といえば高知県。県別の睡眠時間を調べてみたら、やはり高知県は良い位置に来ていた。トップでなかったのは上位を東北勢がガッチリと占めていたからだ。特に日本海側が強い。徳島とその周辺以外の土地は門外漢なので理由はよく分からない。何か特別な生活をしているのかもしれない。
 それとセロトニンを調べているうちに気になったのが、一度使われたセロトニンは吸収されてしまうのだが、その吸収されたセロトニンはどこへ行くのかが分からなかった。多分どこかへ行くんだろうがgoogle でちょっと調べた程度では出てこない。セロトニンの材料はすでに脳内にあるのに何故それが多くなったり少なくなったりするのかも不思議だ。作られるということは必要となったからで、何故必要なのかといえば少なくなったからだ。少なくなったということはきっとどこかで消費されているに違いない!と考えていたら話はふりだしに戻った。
セロトニンはメラトニンの材料に使われているのだ。で、眠るとメラトニンが消費される。
 じゃあ、手っ取り早くメラトニン摂れば良いんじゃない?という話になる。しかもそれは存在する。サプリメントとして売られているのだ。Amazon でも買える。
 だがしかし『脳関門を通過して直接脳に作用します!』という効能書きを読むとなんだか恐い。とっても小さな粒子(脳関門を通過するぐらいだから実際に小さい)が腹の底から頭の中まで上がってきて、脳みそをぐちゃぐちゃにかき回す様を想像してしまう。とうてい買う気はしない。
 そんなわけで眠れない日は続きそうだ。

(おわり)

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