ドアノッカーの改稿が終わると、ブラッドエグゼキューションがちょろっと読まれていたのでそっちを先に改稿することした。2万字強なので数日で終わってくれた。その次は蒲生田岬へ。

 やっぱり今年書いた物だとドアノッカーと比べて全然違うと感じた。改稿の手応えもかなりある。次に書いた蒲生田岬でも上手くなったなとすぐに分かった。という事は過去作の改稿なんかしてないで、新しい小説を書いた方が割が良いんだけど、世に出してしまったからには少しでもマシにしてやらなければという責任感で改稿している。

 まぁ、でも誰に急かされるわけでもなし、世間的には存在していないのと同じで、過去作の改稿といっても実質は新作を書いているような物だ。そう考えると面白い。

 でもさ、何かしら小説で掴んだ物があるたびに改稿していたら、改稿だけで何年もかかっちゃうわけで、どうしようかなと思っている。今のところは半年で済みそうだけど、今の三倍四倍と出していけば、改稿の手間も三倍四倍になる。本当の意味でリリースしていないのかな。それとも電書だからそうなってしまうのだろうか。

 全作改稿は去年からやっていて、でも真論君家の猫の改稿が終わった後に、どうしても聖者の行進を書かなければならないという気持ちになったので中断している。結果的にはこれで正解だった。あのまま全作改稿していれば聖者の行進を書いた後に、また改稿したくなっただろう。

 ああ、そうだ。聖者の行進の後は何も書ける気がしなくて、真論君家の猫を書いた時と同じなので、そこからどうやってターンワールドを思いついたのか知りたくて日記帳を読んでいた。どうやら真論君家の猫を出した二週間後、散歩中に突然ひらめきが降ってきたらしい。何の参考にもならない。

 と、思っていたのだが、聖者の行進を出してちょうど二週間後、散歩中にひらめきが降ってきたので、ちょっと恐くなった。

 どの小説も自分で書いたと思っているけど、実は目に見えない、耳に聞こえない不思議なリズムに操られているような気がする。自由意志なんて本当にあるんだろうか? 実は誰かに書かされているのいるのかもしれない。たとえば神とか。あるいは悪魔とか。

 メフィストフェレスと契約した覚えはないんだけどなぁ。

(おわり 2017/12/09 牛野小雪 記)

追記:ブラッドエグゼキューションでLINEが出てくるのだが、もうダサい感じがする。こういうのは流行を追いかけずにメールぐらいにしておく方がいいのかもしれない。
god devil cat

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