最近の作家はそうでもないようだが、昔の作家は短編が多い。芥川なんかは短編ばっかりだ。しかし夏目先生は最初から猫の大長編を書き上げている。続けて書いた坊っちゃんもそこそこある。短編は少ない。でもないわけじゃない。初期の頃は何年か書いている時期があった。
 牛野小雪はどうかというと短編の数は非常に少ない。昔に書いたのを入れても100はいかないのではないかと思われる(あんまり見返したくない)。ここはひとつ100個ぐらい短編を書いたほうが良いのかもしれない。
 周りの作家を見ていると、みんな腕を上げてきている(みんなもっと下手な物書こうよ)。書いた文字数なのか、エンドマークなのかは分からない。でもエンドマークが多い人の方が上達のスピードが早いような気がする。やっぱり自分の身を振り返っても、文字数よりエンドマークの方が手応えはある。
 100個はともかく、長編1個書くなら、短編10個書くぐらい書いた方が良さそうだ。真論君家の猫を描いた時は、短編2個を書いていたし、黒髪の殻と幽霊になった私を書く前は短編4個(幽霊の方は年末年始にブログに書いたやつ。ヒッチハイクは特別な書き方をしたのでカウントしない)。長編1個に短編2個の計算だが、ここで10個書けば5倍凄いものが書けるかもしれない。
 う〜ん、でも10個か。書けるかなぁ。

(おわり)

追記:夏目先生が短編小説を書いていたのは『それから』まで、なんとなくここらから小説が固くなってきたように私は思うのだ(『虞美人草』はめちゃくちゃ堅いけれど)。正直、『門』はいまいちだし(40代になれば、良さが分かるんだってさ)、『こころ』がどうして代表作なのかわからない。私の中で夏目先生は猫だけの一発屋で『坊っちゃん』はまぁそこそこ。しかしそれ以後は書けば書くほど才能を落とした作家のように思えるのだ。しかし、『それから』は何故かそこそこいける。で、ウィキペディアを調べてみると、これを書く前に『夢十夜』という短編を書いていることが分かった(ちょうど10個だ。『文鳥』入れれば11だけど)。『坊っちゃん』を書く前にもいくつか書いている。やっぱり短編を書かないと長編はうまく書けないものなのかもしれない。

追記2:最近口がデカイね。
 
追記3:『こころ』は長編小説なのだろうか? ちょっと違う気もする。何がと聞かれても困るけど。『彼岸過迄』もやはり長編とは違う気がする。

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