エバーホワイトを出してしまったのでやることがない。

 今まで執筆していた時間がぽっかり空いたが、特に何もする気がしない。 

 ああそうだ。本を読むぐらいか。でも不思議なことに、執筆中の方が意外に本が読めるものだ。たくさん書いた時ほど(書ける時ほど)、たくさん読める。今なんて新しい本を読むと目が文字の上を滑っていく。だから読むのは一度読んだ本ばかりだ。 これは文字を読んでいるというよりはイメージを追っているといったほうが正しい。こういう読書の方が私は好きだけどね。むしろこっちがメインで、読書の時間のうち半分以上は既読の本を読んでいる。こっちの方が胸の中にざっくり本が入ってくる感じがする。二回目、三回目が本当の読書ではないかと思っているぐらい。

 未知の本を読む時はどこか別のパワーが必要だ。 本当にどうしてみんなあんなに本を読んでいるのか不思議でならない。
 
 何となく次に書くことは決まっている。

『長い寄り道』を書いている時に降ってきたものがあった。それはまだ自分には書けないことも分かっていた。なので自分に足りないものを拾いに行くつもりでエバーホワイトを書いて、まださらに拾いに行こうとしている。でも今なら書けるんじゃないかな、わざわざ寄り道しなくてもいいんじゃないかなとも思うけれど、それでも次は『聖者の行進』(仮題)というものを書こうかなとも思っている。というか仮題をAmazonで検索したら本以外にもいくつか出てきた。ありきたりなタイトルだ。う〜ん、まっいいか。

 とにかく今は何にも書きたくないな。頭スッカスカ。

(おわり)

追記:ああ、そうだ。この前レビューを書いた王木亡一朗の『lost in canvasation』で、別の人は時系列の話でちょっとどうかなと書いていたんだけど、あれって実は書きようによってはいけそうだなと最近考えていた。というか『幽霊になった私』でも最後に似たようなことをした。ああやって物語の1シーンを多角的に書いていくのって、映画『桐島、部活やめるってよ』と同じ手法だ。映画と小説は違うのだけれど、書きようによってはいけるだろう(←原作はどんなのか知らない。そういう小説?)。
 あと、もっと早い文章を書きたい。ネット時代にADSLみたいな文章はなかなか受け入れられないだろう。私自身そういうのを求めている。光ぐらい早く届く物を書けないものかな。

追記2:意外とみんな村上春樹読んでる。それと『蜂蜜パイ』が意外な人気。アーティスト達による謎のかえるくん推しは陰謀に違いない・・・・・と思ったのだが、海外だとかえるくんは人気なんだってさ。それと象の話。蜂蜜パイは知らない。やっぱり感性の違いなのかな。裏で台本書いている人が同じって可能性もある。真相は藪の中・・・・

追記3:人にある作家の本を勧める時、初期の作品から読むのと、最新作からさかのぼって読んでいく人がいるようだ。デビュー作が一番良かったという作家もいるけど、上手さでいえば最新作じゃない? やっぱり何年も書いていれば上手くなる。でも上手さとは別の何ていうか、こう、言葉では言い表せない『何か』が小説の核じゃなかな(小説だけに限らないけど)。もし上手さだけで読まれるなら、新人作家の本なんて誰も読まないはず。山田悠介の『リアル鬼ごっこ』は下手くその象徴としてネットではネタにされているけど『何か』はふんだんに詰まっていた。ファンが多いのも納得。『何か』があれば作家としてやっていける。

追記4:デビュー作が最高傑作と言われる作家はけっこう多い。あっ、でも誰も思いつかないや。でも何となくデビュー作(新人賞を取った作品)が、その作家の中で一番個性的な作品というのは分かる。上手さを求めて『何か』を失っていく作家が多いのかもしれない。

追記5:村上春樹の最高傑作は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』だと思っている。でも作品としてではなく、場面を切り取るなら『海辺のカフカ』でカフカ君が家出してから香川の図書館に行くところまで。腰を落ち着けずにずっと旅を続けて欲しかったな。もうひとりの方はイマイチだった(木っ端作家なのにデカイ口叩いてやがる)。

追記6:文豪といえばベスト3に必ず太宰治が入っている。『人間失格』はその中でも筆頭株らしい。私はあれを読んだ時に、最初は(すげえ、こいつ天才じゃねえか!)とビックリしたけど、途中で女にモテだしたあたりからイライラしてきて、薬局の奥さんが出てきたところで(てめえ、ふざけんな!)と心の中で叫んだのは今でも記憶に残っている(小説的には成功?)。今でも太宰治はなんとなく嫌いだ。村上春樹の『ノルウェイの森』も10代の時に読んでいたら、同じ反応をしていたかもしれない。まぁ、良くも悪くもそこまで本にのめり込めるのは10代の特権だ。右寄りの本を読めば『憂国』の志に目覚めたり、左寄りの本を読めば『国境も人種も人間のエゴが創りだした幻想なんだ』と博愛の精神で心を満たしたり、アメリカの探偵物を読めばブラックコーヒーを飲みながら人生に疲れた男の顔をして深い溜息をついたり、剣豪小説を読んだ後は木刀を降り始めたり・・・・etc。たぶん今でも何かを見たり読んだりして与えられる衝撃は同じなんだろう。でも、今までに読んだ本や体験がそれ以上に厚いので、あんまり影響されなくなってくる。変わったのは自分の方。ちょっと悲しい。

追記7:自分が好きな作家は、世界で自分一人だけが知っている作家でいて欲しいけれど、同時に世界中の人に知って欲しいとも思う。人の心って複雑。

牛野小雪の小説はこちらへ→Kindleストア:牛野小雪