100,000字ぐらい

 エバーホワイトにはルルちゃんという子が出てくる。書いていて嫌な女だなぁと思う。その反動のせいか、元ネタのルル子さんのイメージが膨らんできた。こっちはいい女だなぁと思う。元ネタは嫌な女だったが、イメージが膨らむとイメージが変わったのだ。もしかしたら書けるんじゃないかと思うが、このペースで執筆していれば物になるほどイメージが膨らむ前に終わりそうだというのが残念だ。本腰を入れればちゃんと物になるかな?

 執筆中には偶然の一致が多くある。書いている内容と似たようなことがTVでやっていたり(
幽霊になった私の時はTVで『お迎えデス。』というドラマが始まった。内容は知らないが幽霊が出てくるらしい。)、たまたま読んだ本が書いていることに関係していたり、あるいは似た題材の小説を見つけてしまったり・・・・もしかして時代を先読みしているんじゃないかと思う時もあるけれど、時代に呑まれているとも言える。あるいは認知バイアスがかかっているのでたまたまそれらが記憶に残ったとも考えられるということを『このセルフパブリッシングがすごい!』で王木さんと話した。収録されているかどうかは忘れた。


― 唐突!!―
第一回『このセルフパブリッシングがすごいかもしれない!』

藍田ウメルの『断片集』

藍田ウメルの描く恋愛は内臓をえぐられている様なつらさがある。
彼の作品を読んだ後は二度と読みたくないと思う。
しかし別の本なら不思議とまた読みたくなる不思議な魅力がある。
この本は短編集である。
冒頭の『煙草を冷やす』には胸の裏側をひっかかれた。
二度と読まない。  


 売れた物が良い物ならマックのハンバーガーとコカコーラは世界一美味いのか問題。
 
 私の著作なら一番売れているのは幽霊になった私なのだが、小説の美味さでいえば真論君家の猫に軍配が上がる(そして売れていないのが猫だったりする)。上手さではない。美味さである。とはいえあれは書いたというよりは書けてしまったというのが正しくて、実力で書けたとは思っていない。それに題材は夏目漱石の猫を下敷きにしているのだからよけいにそう感じる。しかし、それでもやはり猫が最高だ。

 最高の小説はもう書いたので、今は最低の小説を書きたいと思っている。自分に足りないのは何だろうかと考えて・・・・いたわけではないのだが、時々考えることがある。
 ある雨の日にアマガエルが虫に食われた葉っぱの上で手を重ねているのを見て、このカエルが葉っぱにつく虫を食べて、虫は葉っぱを食べて、でもカエルもいつかは猫に食べられるか、どうにかして死ぬじゃないかと考えていたら、ふと世の中には良いことと悪いこと、最高と最低が存在しているのに自分の小説には最低なことが書かれていないということに気付いた。世界を片方でしか書いていない。

 そのとき『世界丸ごと小説』を書いてみようと思った。最高と最低が同時に存在する世界。それを考えた瞬間、すんごいイメージが体を通り抜けていった。すんごいのが書けるんじゃないかとワクワクした。
 でもとりあえず最低を書けるかどうか分からないから、まずは自分が納得できるところまで最低を書いてみようと思った。真論君家の猫も最初から書けたわけじゃなく、遠回りして書いたのだ。しかし書けるかな、もしかしたら一時の気の迷いで書いた後、なんて最低な小説を書いてしまったんだと落ち込んでしまうのかもしれない。いや、最低を書こうとしたならそれでいいのか。そもそも最低と最高を合わせれば凄くなるとも限らない。自分の頭にイメージがあるだけで、形にしてしまうと変な物になるのかも。でもとりあえずそこを目指して書いてみよう。

 ちなみに世界で一番美味いのはマックのハンバーガーというのは明らかに間違いである。本当に美味いのはてりやきマックバーガーだ。

(おわり)

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