76,000字くらい

 昨日『世界から猫が消えたなら』という本を読んだ。冒頭の部分を読んで、これは新しいんじゃないかと感じた。短いシーンをブロックみたいに積んで、物語を組み上げていく。なるほど売れたというからにはそれなりの理由があるのだなと最初は思っていたが、途中から普通の小説になった。でも冒頭はなかなか興味深かったので物書きの人は参考までに読んでおくと面白い。

 短いシーンを積み上げていくことについて考えていた。意外にイケるんじゃないか。2chのSSは文字制限があるのでブロック構造だ。そうしないとレスの途中で流れが途切れてしまう。まとめサイトもひとつのスレにあるいくつかの会話の流れがまとめられている。これもある意味ブロックを積み重ねたようなものだ。

 文学というと重厚な感じを思い浮かべるのだが、もうそういう小説を読む力は現代人にはないだろう。私も一度読んだ『罪と罰』は読み返すことはあるが『カマゾーラフの兄弟』はずっと読まずにいる。

 Google AdWordsで広告を乗せると、どんなところに広告が表示されているのか集まっているのか分かる。表示されたということはそこに人がいるということだ。一番大きいのはanonymous.google(正体不明という意味。詳しくは検索して調べて)、次に競馬情報サイトと占いのポータルサイト。まぁこういうところを訪問する人は電子書籍なんか興味なさそうなので外していくと次に強いのはblog.jpとlivedoor。特にlivedoorなんかはこれ単独でも強いのに.jp.biz.coと色々ドメインがある。しかも強い。(強いってなんだ)

 でもさ。blog.jpとlivedoorのドメイン情報の詳細を見ていくと、実はほとんどがまとめサイトに表示されていると分かるんだよね。木っ端サイトもたくさんあるが、それらをまとめあげると実はまとめサイト群が日本のネットを占領しているんじゃないかと思うぐらい数が多い。

 これはAdWordsが表示されているサイトの情報だけなので、本当は極々一部だけなのかもしれない。AdWordsが表示されないサイトというのもある。Twitterやfacebook、KDPの管理画面がそうだ(Amazon自体もそうだ)。だがともかくAdWordsの手が届く場所はまとめサイトがかなり多い。

 最近の人は本を読まなくなったというが、文字自体は読んでいて、量は一昔前より倍増しているんじゃないかと思っている。じゃあ何を読んでいるのか、まとめサイト、Twitter、facebookだ。どれもブロック上の文章で構成されている。facebookは一応長文も載せられるが1000文字以上ありそうなものはあまり見たことがない。Twitterはそれぞれのアカウントのつぶやきが140字以内でブロック上で縦に並んでいる。(自分に返信して言葉を繋ぐ人はいるがいつもそうしているわけではない)

 最後まで読めば面白い物語というものはある。というより大体の本は最後まで読めばそれなりに面白いものだ。だが、それを知るには最後まで読み通さなければならない。今は面白い物語より、段落で完結した物語が求められているのかもしれない。

 だからといってむやみに改行したり行を開けろというわけではない。流れが繋がっているのならどれだけ行が空いていても同じ段落だ。私が言っているのはショートショートよりも短い物語、原稿用紙1枚にも満たない物語を積み上げて、最後には大きな物語になっているということ。もしこれができたら凄い。でも30年後には当たり前になっているかもしれない。今のところこういう話は読んだことがないし、想像もできないが、いつか誰かが書くだろう。連作短編という言葉をちらほら聞くようになったのはその兆候かもしれない。

 エバーホワイトは最後まで読まなきゃいけない類の話だ。よく書けてはいるが時代に追いついていないかもしれない。でもいつかネットから牛野小雪へ人の流れを作ってみたいと思っている。

 (おわり)

追記:noteで伊藤なむあひさんという隙間社の者が面白い物を書いている。一回目から読んでいて密かに期待している。1日目の雰囲気が好き。
(清書版)かれらの7日間戦争

追記2:大きな物語というのが時代遅れかもしれない。小さい話がただ集まっただけではダメなんだろうか。だけど、デカい話を体に通してきた世代としてはやはりデカい話を書きたい。

追記3:AdWordsに限らないけれどネット広告って効果あるのかね? 効果は全然感じられないので気のせいかもしれないと思い始めている。実際止めても変わらなかったし、広告出していない本も読まれているし、何だかよく分からない。

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