題名:文法警察

作者:牛野小雪

 

 ある日牛野小雪が執筆もせずに、PCゲームに熱中していると玄関を荒くノックする音が聞こえた。
 誰だろうかと彼が玄関へ向かうと、ドアの擦りガラス越しに白とオレンジのケバケバしいふたつの影が見えた。新手の勧誘かもしれない。彼はドアのチェーンを付けたまま鍵を開けた。

 すると、突然乱暴にドアが開かれた。チェーンがかかっていたのでドアは完全には開かず、部屋が揺れた。

 

「くそっ、チェーンだ」

 

 高慢そうな声が外から聞こえた。牛野小雪がドアの隙間から外を見ると、相手も中を覗いていた。警察官のような制服を着た男二人だった。色は白とオレンジのツートンカラー。年嵩の男は声と同じで高慢そうな顔をしている。

 

「どなたですか?」

 牛野小雪が問いかけると

「文法警察だ」

 と年嵩の男が名乗った。

 

「警察? 警察に捕まるようなことは何もしていませんが」

「我々は文法警察だ。この世にはびこる悪文を片っ端から取り締まっている」

「冗談はよしてください。文法警察なんて聞いたこともない。閉めますよ」

 

 牛野小雪がドアを閉めようとすると、男がドアの隙間に足を挟んできた。固そうな革靴を履いていて、実際ドアにはさまれた瞬間に金属音がした。

 

「なんなんですか、あなた達は。警察を呼びますよ」

 彼が言うと

「俺たちが警察だ」
 と年嵩の男が言った。


「それじゃあ、もっとまともな格好をしてきたらどうです?もう閉めさせてください」
「おい、こいつ。逃げる気だぞ」

 

 若い男の動きは素早かった。どこから出してきたのか分からない巨大なワイヤーカッターでチェーンを切った。すると年嵩の男が乗り込んできて、牛野小雪を壁に押しつけた。

 

「言い逃れしても無駄だ。今月、我々にタレコミがあった。調べはついている。おい」 

 年嵩の男の合図で若い男が部屋の中に入っていく。

 

「おい、靴ぐらい脱げ」

 牛野小雪が声を出すと、頭を一発殴られ玄関の床にくずおれた。

「静かにしろ。騒ぐとためにならんぞ」

 年嵩の男が言った。

 

 牛野小雪が静かになると、年嵩の男は彼を立たせて部屋の中に引っ立てていった。

 

「おい、あったか?」

 年嵩の男がきくと

「はい、ありました」

 と若い男が答えた。

 彼はPCを勝手に動かしてWordの画面を開いていた。

 

「いいか、よく聞け。お前には文法違反の疑いがある。これからその確認をするぞ」

 年嵩の男は牛野小雪の顔も見ずに喋りだした。しかし、その手はしっかり彼の手を痛めつけるように握っている。

「お前は『竹薮の柩』を書いた牛野小雪で間違いないな?」

「ああ、そうだよ」

 牛野小雪は答えた。生意気な口をきいたので、また一発頭を殴られた。

 

「よし、それじゃあ確認するぞ。これを出せ」

 年嵩の男が若い男に何かの書類を渡した。PCの画面には『竹薮の柩』のファイルが開かれている。

「自分でも確認してみろ。ここだ。

それでふと気になって会社から配られた広報誌を読んだら、別に意味で眠れなくなった
どうだ?」

「なにか問題でもあるのか? こんなことをして何の意味がある」

 と牛野小雪は言った。

 

「口の聞き方には気を付けた方がいいな。まぁ、いい。それじゃあ聞くぞ?

別に意味で眠れなくなった
とはどういう意味だ」

年嵩の男が言った。

 牛野小雪は首をかしげていたが、はっとして画面に目を向けると、確かにそう書いてある。誤字だ。彼は奥歯を噛み締めた。

 

「どうやら自分でも気付いたようだな。それじゃあ次だ。

三日後に短期で橋梁工事の交通誘導員の仕事で見つけたが、その仕事を探すだけでも多少の金がかかった。
こんな分かりやすいのをどうして見落としたんだ? 

まったく面白い奴だよ、本当に」

 

「たったふたつじゃないか」

牛野小雪は抗議した。

しかし、年嵩の男はフンッと鼻を鳴らしただけだ。

「たったふたつか……。たったふたつだけだと言いたいのか? 我々の目をごまかすことはできん。何でもお見通しだ」

「どういうことだ」

「シラを切るつもりか、いいだろう。おい、見せてやれ」

 

若い男がCtrlFである文章を打ち込み、その文章をドラッグして分かりやすくする。年嵩の男が一度黙読して、その内容を確かめた。

 

「これに関しては我々も見逃すところだった。

地面には枯れて白くなった竹の葉が埋め尽くしていたので、それを燃やしてみたか。
本当によくやってくれたよ。どうやってこんな手を思い付いた。誰かに教えてもらったのか?

 年嵩の男が聞くと、牛野小雪は口の中をぎゅっと噛み締めていた。

 

「自分が何をしたか理解できたようだな。よし、連行しろ。証拠のブツは集めておけよ」

「はい」

 年嵩の男が合図すると、外で待機していた警官達が部屋に乗り込み、空のダンボールに何もかも詰め込んでいった。その間に牛野小雪は白とオレンジの文法パトカーに乗せられ、文法警察署に三日間留置されると、文法裁判にかけられた。

 

 牛野小雪は司法取引に応じて罪を認めたので裁判はすぐに終わった。

 彼に下された判決は『竹薮の柩』の無料キャンペーン。執行猶予無し。期間は2015年5月28日の夕方から6月2日の夕方までの約120時間と決まった。


(おしまい)