題名:私のアイリス
作者:T・S・カウフィールド 

 あなたは平べったい猫を知っているでしょうか。道路で車に延された猫じゃありません。平に生まれて、平のまま育ち、平のまま死ぬ不思議な猫の事です。

 個体差はあるが平べったい猫は厚さは大きくても指一本分ぐらい。子猫だとノートより薄い。そんな体でどうやって歩くのかというと、話は簡単。彼等は空を飛ぶのです。

 満月の日の翌日などはたいていビルの合間で体を波打たせながらヒラヒラ飛んでいる姿が見えます。じっと見ているとしょっちゅうビルの窓にいますが、体が平べったいので衝撃もさほどないようです。猫漁師に聞いた話では体に当たってもバレーボールを軽くぶつけられたぐらいの衝撃だとか。

 白の平べったい猫は縁起物でメスの成猫だと30万円で取引されるのだと聞きました。一番安いのは黒で、こちらは高くても2万円ほどしか値が付かないそうですが、数は多いので黒専門で捕る漁師もいるそうです。毛色の違いで捕り方が変わるんでしょうか?

 私の家の平べったい猫はメスのサバ猫でとても大人しい子です。名前はアイリスと言います。実は先日、急に暖かくなった日に窓を少しだけ開けていると、彼女はその隙間からするりと逃げてしまいました。

 私が慌てて外に出た時にはもう遅く、アイリスは空高くヒラヒラと飛んでいってしまいました。ああ、アイリス。私のアイリス。彼女は何処へ行ったのでしょう。

 私は近所を走り回って何日もアイリスを探しましたが、影すら見つかりませんでした。近所の猫おばさんに聞いても知らないそうです。もしかして犬やカラスに襲われたのでしょうか。毎日が不安でたまりません。 

 さて、ここまで読んでくださった方には大変に申し訳ないのですが、実はこの話は嘘ばっかりです。平べったい猫はいません。猫漁師なんて聞いたこともありません。当然ぶつかった衝撃の強さや取引される猫の値段のことも全てがデタラメです。私の作り話です。

 でも私のアイリスがいなくなったのは本当です。ある日手鏡で彼女の顔を見せてあげたら、突然何処かへ逃げてそれっきり姿を見せなくなりました。これは20年前の話だから、きっと今頃はお空のお星様になっていることでしょう。

(おしまい)

○KDP作家60分一本勝負、2015/03/29 お題 『平』で書きました。