題名:知られざる世界へ
作者:牛野小雪 

 とうとう最後の時がきた。誰にだって初めてはある。要はビビらないことだ。一度飛び込めば勝手に向こう側へ着いてるはず。といっても向こう側がどこかは分からないし、あるかも定かではない。実際に行ってみれば分かることだ。

 ドアの向こうから鍵をじゃらつかせた看守が歩いてくる。今日はいつもと違って何人もの足音が一緒だ。看守がドアを開ける。やはりその後ろには若くて強そうなのが3人も立っている。俺が怖じ気づいて暴れると思っているのだ。一番後ろには黒衣を着た神父が立っている。

 看守に連れられて監房を出た。もう二度とここに戻らないことになっている。何故なら今日は俺の死刑が執行される日だからだ。どうせ死ぬと分かっていたのだから部屋に思い入れなど作らなかった。さっさと部屋を出ていく。俺が逃げると思ったのか若い奴が一度俺の胸を抑えた。

 白い部屋へ来た。初めての部屋だ。最後の食事は要望が出せたのでピザとコーラを頼んでおいた。机の上にはピザ屋の箱とコーラの瓶がある。なんてこった。まさか本当だったなんて。ピザの種類を選ばせてくれなかったのは気に入らないが言い出せる雰囲気ではなかったので、黙って机の上にある物を食べた。

 また部屋を出る。どうせここへも二度と来ない。そしてまた新しい部屋。ここから出ることはないだろう。輪に結ばれた縄が天井からぶら下がっていたのだ。看守が何か言いたいことはあるかと言ったので無いと答えた。部屋の中央に進んで首に縄がかけられる。床には切れ目があり足で叩くと軽い音がした。ここが開いて首が締まるのだ。

 神父が聖書を読み上げる。人生で寺と神社は見たことがあるが教会はない。だからキリスト教の神父を呼べと言った。何度か神の教えを聞いたが信じられることではなかった。あんたは天国を見たことがあるのか。一度神父に訊いたことがあるが彼はその言葉に答えなかった。
 
 死刑囚の生活にあたって決めていたことがある。いやこうなる前からずっとだ。絶対にビビっているところを見せないこと。常に余裕の態度を見せていること。要は痩せ我慢だがそれが退屈な生活に張り合い与えてくれた。しかしこれが死刑の原因にもなったのだ。

 アーメン。神父が胸に十字架を切った。看守達が離れていく。しばらくの静寂。ガコンと激しい音が響いた。床が無くなる。体が宙に浮く。俺は知られざる世界へ落ちていく。

(終わり)