月狂四郎(つきぐるいしろう)という作家がいた。彼は先日『地獄のリベンジメン』という本をKDPでkindleストアに出したばかりだ。初日こそ売上はあったが、あとは他の電書作家と同じように鳴かず飛ばずの日が続いた。9月になると今月の売上はありませんと管理画面に表示されるようになった。そのまま10月になろうとしている。


 このままじゃダメだ。なんとかして状況を動かさないと。月狂四郎は『地獄のリベンジメン』の無料キャンペーンを実施することにした。これで何冊かダウンロードされて、いくつかレビューが出れば売上に弾みがつく。そう目論んでいたのに5日間の無料キャンペーン中にダウンロードされたのは1冊だけだった。無料なのにこんなことがあるのかと暗い気持ちに襲われた。


 それから一週間経った日、ずっと放置していたツイッターの通知が一件あった。メロディアンちよこというアニメ顔アカウントからメッセージが来ている。


《地獄のリベンジマン読みました。DMしたいのでフォローしてください。伝えたい事があります》


 自分の本を読んだ人がいる。月狂の心は躍りあがった。タイトルを間違えていることなんて些細な問題だ。さっそくメロディアンちよこという人をフォローする。DMが来るのを待っていたが、その日はDMが来なかった。待っている間に月狂は眠っていた。


 朝になるとメロディアンちよこからDMが来ていた。夜中の三時に送ってきたようだ。


《地獄のリベンジマン読みました。けっこう長い本で読むのに時間がかかりました。あとで銀行口座を教えるので2000円振り込んでください》


 月狂は首を傾げた。何かの冗談かと思ったが、何度読んでも2000円払ってくれという意味にしか読めない。またDMがきた。


《返事ください。待っています》


《どうしてあなたに2000円払わなければならないのですか?》


と月狂は返した。返事はすぐに来る。


《読了するまでにかかった時間が3時間。最低賃金の全国平均が800円。

800×3=2400

なので本当は2400円なのですが、私も本を読むという文化的な活動に貢献して多少はやりがいを感じるところがあったので400円はサービスしておきます》


《ちょっと言ってる意味が分からないです。》


《い抜き言葉ですね。

×言ってる → ○言っている

こういうところでも文章力は測られるので注意した方がいいですよ。

意味も何も2000円払ってくださいという意味です。ただそれだけ。それ以上でも以下でもありません》


5分後にまたDMが来る。


《もしかして計算が間違っているのかもしれないと、さっき電卓で計算してみました。こんな簡単な計算で間違うなんてありえませんけど、いちおう。計算した結果は・・・・やっぱり合っていました。当然ですね(笑)》


(笑)じゃねえよ。しかしDMはそこで途切れた。何故2000円を払わなければいけないのか説明は一切ない。払うのはもう決まっていると思い込んでいる印象を受けた。きっと頭がおかしいヤツなのだろう。

夜にまたDMが来た。


《すみません!!!!!!!!(>_<)

銀行口座を書き忘れていましたっ!!(←マジ)

これじゃあ振り込むものも振り込めませんよね・・・・

計算間違いだなんて変なこと言って自分で恥かしくなります

今朝のDM消しておきますね(^_^;) 》


そのDMに続いて、銀行名と口座番号が書かれたDMが送られてきた。本気でヤバいヤツだと月狂は恐くなってきた。


《そもそもあなたにお金を払う必要はありません》

とだけ返信する。それでもヤツはあきらめない。


《ちょっと言っている意味が分からないです。それは本気で言っていますか?》


《本気です》


《たとえばですよ。会社が従業員を働かせて給料を払わなければ捕まりますよね。労働法という言葉は知っていますか? 会社と従業員の関係でなくても、誰かに何かをしてもらえば、時間なり手間をかけさせたのなら報酬を払うのは当たり前です。もしかしてそこから話す必要がありますか?》


《私はあなたに何もしてもらっていませんが?》


《逃げるんですね。そんなに2000円が大事ですか。月狂さんは作家というよりは守銭奴ですね。お金のために書いている人だ。人から搾るだけ搾り取って自分は私服を肥やす。こんなことが許されると思っているのですか?》


《その言葉そっくりお返ししますよ。あなたの方こそ守銭奴でしょう。人に言いがかりをつけて2000円をせしめようだなんて理不尽にもほどがある》


《あなたがさっき言った言葉は名誉毀損です。私は守銭奴ではありません。事実無根です。謝罪してください。さっきの発言は証拠としてスクリーンショットに撮りました。警察に訴えますよ》


《すみませんでした》

少しも悪いとは思っていないが、もう面倒になってきた。


《素直に謝罪してくださったことに感謝します。あなたを許しましょう。それでは来週までに2000円振り込んでおいてください》


《いや、お金は振り込みません》


《さっきあやまったじゃないですか。あれは嘘だったんですか?》


《私の本を読んでいただいたことはありがたく思います。でもあなたは無料キャンペーンでダウンロードしたのでしょう? 毎日KDPの管理画面を見ているので分かります。それでいえば私は損ばかりしていて・・・・・》


《あなたの本を無料でダウンロードしたのはその通りです。ですが0円の本なので価値はありません。価値のない本を読んだので私は損ばかりしています。具体的には一度しかない人生のうち3時間を損しました。なので2000円払ってください。だいたいあなたが無料キャンペーンをして何か失いましたか? 失っていないのに損をしたとはおかしい話です》


《いや、それはおかしい。私だって本を書くのに時間を費やしている。まったくタダで書いたわけじゃない。こっちだって命を削って書いているんだ。その本を無料で配布したんだから損してる》


《それであんな本しか書けないのですね。でもね、月狂さん。時間をかけたとか、努力したとかいう言葉は甘えなんですよ。あなたが何日かけて地獄のリベンジマンを書いたのかはしりませんが私だって命を削って読みました。人生を3時間を削って読んだのですよ?それをタダにしろだなんておかしいじゃないですか。だから2000円払ってください。もしかして2000円も払えないほど貧乏なのですか?
 

それとまたい抜き言葉です。

×損してる → ○損している

“を”をつけた方がいいかもしれませんね。こんなことが続くとあなたの文章力が疑われますよ》


《もういいです。あなたとは話が通じないのでDM送らないで下さい》


月狂四郎はメロディアンちよこをブロックした。それでもヤツはあきらめなかった。ブログのコメント欄にやけに攻撃的なメッセージが書き込まれている。


《おい!突き狂いてめえ。話は終わってねえのに勝手にブロックしてんじゃねえぞ!お前がブロック解除しないからここに書き込んでやる。人をタダで使おうなんて甘いこと言ってんじゃねえぞ。今すぐ金返せ。筋とおせ。そんなにはした金が欲しいか!このまま黙っていれば忘れてもらえると思っていたとしたら大間違いだからな!》


2chには月狂四郎の専門スレが立ち


月狂四郎は人をダシにする極悪人みんな気を付けろ!!!!

月狂四郎は人をダシにする極悪人みんな気を付けろ!!!!

月狂四郎は人をダシにする極悪人みんな気を付けろ!!!!

月狂四郎は人をダシにする極悪人みんな気を付けろ!!!!

月狂四郎は人をダシにする極悪人みんな気を付けろ!!!!


と何度も書き込まれている。他のスレにも書き込んでいるようだ。

月狂四郎の悪評が書き込まれると、それに賛同するに書き込みが一気に爆発する。

しかも他の作家のブログのコメント欄にも《月狂四郎に気を付けろ》と書き込んでいる。

犯人はひとりしか思いつかない。メロディアンちよこ。


だがヤツはインターネットの事をよく知らなかったようだ。まだガキなのか?

アクセス解析でIPアドレスは調べられるし、月狂四郎を誹謗中傷した証拠もたくさん残っている。大人をなめるなよ。社会の恐ろしさを教えてやる・・・・。



と、ここまで書いてきたのだが作者はもう嫌になってきた。実際は誹謗中傷の証拠やIPアドレスを掴んでも警察に駆け込むなんて面倒な事はたぶんしないだろうし、メロディアンちよこは暴れ続けるだろう。もしかしたら別アカウントを作ってツイッターで絡んでくるかもしれない。

あんないかにも荒らしっぽい掲示板の書き込みなんて誰も真剣に受け止めないだろうが、この話の主人公である月狂四郎の精神は削られていく。筆を折るかもしれない。それでもメロディアンちよこは止まらない。

 現実なんてクソ。だから創作の中でくらい非現実なことが起こってもいいじゃないか。というわけで最後はこの一文でしめくくることにする。



メロディアンちよこは突如現れた地面の割れ目に吸い込まれ、この世から消えた。


(おわり)



↓ネタにした小説。筆を折ったある作家がいて、その友達が復讐をする話。地面は割れなかったと思う。

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