愚者空間

牛野小雪のサイトです。 小説の紹介や雑記を置いています。 あと短い話とか。

2016年08月


“思い出”という言葉がある。読んで字のとおり思いが“出る”あるいは“出た”のだろう。出て行った思いはどこへ行くのだろう?


『さよなら楓ちゃん』にはふたりの女の子が出てくる。しずるちゃんとKちゃん。ふたりは小中と一緒だったけれど高校は離れ離れになってしまう。そのせいかしずるちゃんは泣いたり呼吸困難になったりで咽の詰まる思いに苦しめられていた。


しずるちゃんは高校三年間をただ通り過ぎるように終わらせるのだけれど、大学受験に失敗して予備校に通い始める。そこでまたKちゃんと一緒になる。三年間の溝は無かったようでふたりはまた仲良くなる。
 ヤッター、バンザイという感じだが、実はしずるちゃんとKちゃんは希望する進学先が違うので、大学に合格した時点でふたりはまた離れ離れになることが決まっている。実はこのことは物語であまり語られていないことだ。ふたりとも避けていたのだろうか。それとも重要なこととは思っていなかった?


 物語の途中からふたりに、もうひとりの仲間が加わる。人間ではなく、Kちゃんのぬいぐるみのふゆかちゃん。彼女はKちゃんの巾着袋からひょっこり出てくる。真面目な性格で、ふたりが勉強をサボらないように注意したりする。もちろんぬいぐるみがひとりでに喋りだすわけがないので、本当はふゆかちゃんの姿を借りたKちゃんなわけだ。
 

勉強をがんばるという事はふたりが別れる方向に進むという事である。でもそれはあまりしたくはない。それに真面目な事を言うのは白けるものだから、Kちゃんはふゆかちゃんを通して言いづらい事を伝えている。


物語が進むと、しずるちゃんとKちゃんはまた大学に落ちる。するとKちゃんの巾着袋に、れんげちゃん、なつえちゃん、かえでちゃんというぬいぐるみが増えていく。しずるちゃんの方でもバムセというぬいぐるみを出してくる。こちらはしずるちゃんが元々持っていたぬいぐるみだ。


 Kちゃんのぬいぐるみの中でもかえでちゃんは積極的だ。バムセに対して最初は遠慮がちに、徐々に大胆に好きという感情を表現する。効果音もぴとぴと、ひしっ、っといった感じでとにかくくっつきたがる。バムセのほうでもそれを嫌がることなくお互いに好き合っている。


 もちろんぬいぐるみが感情を持つ事はありえない。動くのも喋るのにもしずるちゃんとKちゃんがいなければならない。ということはぬいぐるみの気持ちはふたりの気持ちということになる。


 冒頭で出て行った思いはどこへ行くのだろう? と書いた。それは物や場所に染み込んでいくものではないだろうか。長年使っていた携帯電話を捨てられないのは何故だろう。ガンダムのプラモデルも押入れの中に沈んでいる。頭ではもう二度と使わない物だと分かっているのに何故か捨てられない。それは思い出が染み込んでいるからではないか。


誰かが長年使っていた物にはその人の思いが染み込んでいる。文字の無い日記帳みたいなもので、愛が着いて愛着になる。しずるちゃんとKちゃんのぬいぐるみはふたりの思い出が染み込んだ『思入り』といえるもので、心の一部みたいなものだ。


 その心の一部であるしずるちゃんのぬいぐるみバムセをKちゃんは借りていく。しずるちゃんも貸したつもりで、貸してしまう。でもバムセは返ってくる事もなく、それどころかKちゃんとも疎遠になってしまう。バムセも返ってこない。


きっとKちゃんもしずるちゃんと離れたくなかったのだろう。もしかするとKちゃんも一度離れ離れになる時、しずるちゃんみたいに傷ついていた可能性はある。でもまたいつかは離れなくてはならないことを頭の良いKちゃんなら察していたのかもしれない。

意識してそうしたのではないだろう。彼女はしずるちゃんのバムセを借りたままどこかへ行ってしまう。しずるちゃんの方でもバムセの思い出はどこかへ行って、いつしか意識することもなくなるが、ある日写真を見て失くしてしまった思い出(バムセ)があったことに気付く。


『さよなら楓ちゃん』は徹頭徹尾しずるちゃんとKちゃんの話である。そして別れの話でもある。最後にしずるちゃんは傷つきながらKちゃんと離れ離れになってしまう。Kちゃんはどうだっただろう。涙のひとつでもこぼしたのだろうか。離れてしまった彼女を知るすべはない。

しかし、ふたりの思い出が染み込んでいるバムセとかえでちゃん達は今もきっとKちゃんの巾着袋の中で一緒にいる。そのことがしずるちゃんにある種の救いを与えているのではないだろうか。ベタな言葉だが離れていても心は一緒にいる。なので、しずるちゃんは失くした思い出を、バムセを取り戻そうとはしないのだ。
 

『さよなら楓ちゃん』はしずるちゃんとKちゃんにとっては喪失の物語であるが、バムセとかえでちゃんにとっては結合の物語でもある。ふたりは思い出のやりとりをしながら混ざり合っていたのだ。

 

(おわり 牛野小雪 記)




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 どうした! これは事件じゃないか!

 ショーンが初瀬明生の新作をネタにしていたので(初瀬明生が捕まった夜)、これは読まねばならぬと思っていた。

 この本は作家の初瀬明生が殺された事件から始まる。そこから彼のPCに残っていた3つのファイルを読んでいく体で進んでいく。

 さっきも書いたが『軋む家』で驚かされた。初瀬明生の小説はわりと正面から攻めてくるタイプで隙は少ない。タイプとしてはあの王木亡一朗と似ているのだが、今回は心のバックドアも攻めてくるようになっている。
 『軋む家』は家庭内殺人を描いた短編なのだが、怒りのボルテージが徐々に上がって、最後に開放される感じがすごいなぁとビビった。どうしたんだ初瀬明生。

 『コウモリのはね』のサイコな筋運びもそうだが、個人的には公民館の草をむしって、自宅の居間にばらまく描写がヤバイ。最近捕まった高○的なヤバさを感じる。天然で書いたなら変人、意識して書いていたなら天才だろう。作家としてはどっちにしろ凄い。どうしたんだ初瀬明生。

 最後の『剥落』は良い。いいぞ。連続殺人犯の話が進みながら、別の事件も進んでいく。小悪、大悪、嘘に大嘘、全部揃っている。これだけを抜き出しても成立するサスペンスだった。最悪これだけ読めばいい。

 本当にどうしたんだろう。初瀬明生がマジで死んでるよ。中の人変わったんじゃないかと思ったぐらい変わっている。彼の過去作を読んだ人も、読んでない人もぜひこれは読むべき。この本は将来的に初瀬明生の特別な一冊になるんじゃないかな。ホントすごいよ、マジ。

(おわり S・T・コールフィールド 記)

追記:本編の謎は結局解けなかった。次はもっと簡単なミステリーを書いてくれ コーフィーより

↑WE ARE MUST READ BOOK! 

ショーンのメモ:最近セルパブ作家の成長が著しいので恐い。王木さんもこの前恐くなるようなのを書いていた。このままだとおいてかれるんじゃないかなと心配している。とりあえず今一番期待しているのは王木さん。初瀬さんがこれなら王木さんも凄いのが出てくるんじゃないかと期待している。←ハードルをあげてみた。震えて書け!

  
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 とうとう終わらせた。マダラメ帳シリーズをついに終わらせた。最終巻では主人公の赤井五郎が犯人と一緒に死ぬという衝撃のラストだった。


とうとうやってしまったという気持ちがある。やっと荷を降ろせたという気持ちもある。赤井五郎が死ぬことは前々から決まっていたが、本当に殺すまで三巻も必要だった。

 ここ何年かの明生はマダラメ帳だけを書いてきた。この本を書くのが明生の人生だったといってもいい。長年続いたマダラメ帳シリーズは累計で2億5千万冊売れた。最後の一行を書いたと気付いた時はもう何も書けないと思った。今でもその気持ちは変わらない。明生の人生にとってマダラメ帳は大きすぎる存在だった。


 長年付き合った赤井五郎を弔ってやらなければならない。そう考えられるようになったのは脱稿してから三日目の夜だった。明生は行きつけのスナック“香奈”へ行った。平日の夜なので客はまだ少ない。彼が口開けの客だった。


「あら、ハッセちゃん。ずいぶん久しぶりね。今まで何してたの?」


 ママがすぐに声をかけてきた。考えてみれば最終巻を書き始めてからは、この店どころかどこにも行っていない。ずっと家にこもってとりつかれたように執筆をしていた。


「ママ、人を殺してきたよ。いいやつだった」


 ママは一度驚いた顔をしたが、すぐ慰めるように明生の腕に手を添えた。


「この手で殺した。嫌になるぐらいあっけなかったよ。今までの付き合いが幻と思えるぐらい」


「つらいことがあったのね。お酒でも飲むといいわ」


「ワイルドターキー、ロックで二つ。もう飲む事はできないあいつを弔ってやるんだ」


 そう言うとママはカウンターの奥でグラスの準備をしている。

 

 明生はそっとカウンターの横に目を向けた。


(ヤッタ! キマッタ! シャイニングウィザアァァァァド!!)


いた。エリーちゃん。表情は読み取れないが、さっきのやりとりは聞いていただろう。もちろん店に入った時から気付いていた。さっきのキザなやりとりは彼女に聞かせるためだった。

 

 エリーちゃんは明生がこの店に初めて来たときからいる女だった。和服の楚々とした挙措でグラスを傾ける姿に明生は一目惚れしたのだ。


 明生がじっと彼女の横顔を見ていると、今さっき気付いたかのようにエリーちゃんは明生の方に顔を向けた。


「やあ、久しぶり」と明生は声をかけた。


「先生、色々大変だったんですね」とエリーちゃんは言った。やはり聞こえていたのだ。早くマダラメ帳シリーズを終わらせたことを話したかったが「はい、これ」とママが悪いタイミングでワイルドターキーのグラスを二つ、明生の前に置いた。


「うまいな」


ワイルドターキーを体に放り込むと、喉から胸に焼けた感覚が広がった。


「さっき言った人とは長い付き合いだったの?」


ママが言った。


「長いなんてもんじゃない。あいつが俺の人生だった」


「それなのに殺しちゃったんだ」


「殺したくなくても殺さなくてはいけない。そういう関係がある。俺だってそうしたくなかったが、あいつがそうさせたんだ」


 本当にそうだ。最初に赤井五郎を殺そうと考えた時は気の迷いだと思った。それでも書き続けているうちに、あいつは死に向かって走っていった。そう書かざるをえなかったのだ。物語が作者の思い通りになるというのは間違いで、物語が作者に書く事を要求することもある。それなら、赤井五郎は俺を使って自分を殺させたのか。あいつは事件の黒幕とともに滝壺の中へ落ちて死んだ。もう喋ることはできない。


 マダラメ帳シリーズではたくさんの脇役が出てきた。その誰もが死んで赤井五郎だけが独り生き残った。もうここいらでいい。人が死ぬところを多く見すぎた。ある場面で赤井五郎が吐いた独白だった。何故あんなことを書いたのか明生にも分からない。書いたときは唐突としか思えなかったが、あとで読み返すとそこにしか書くことができない不思議な言葉だった。物語がもつ不思議な力で書かせたとしか思えない。


 ふと気付くと店内に暗い沈黙が覆い被さっていた。少し芝居がすぎたかもしれない。


「ママ」


 小説の話だとネタを明かそうとした瞬間、店のドアが勢いよく開かれた。がっしりした体型の男達が何人も入ってくる。最初はヤクザがみかじめ料を取りに来たのかと思ったが、男の一人が明生のそばに立ち黒い手帳を見せた。それが警察手帳だと気付くのにしばらく時間が必要だった。


「初瀬明生だな?」

 男が言った。


「俺が何かしたかな?」


「殺人の容疑で話がある。署までご同行願おう」


「いや、俺は誰も殺していない」


 はっとして明生はママとエリーちゃんに目を向けた。ふたりはいつの間にかカウンターの向こうで身を寄せ合い、怯えた目で明生を見ている。


「違う、そうじゃないんだ!」


 明生は立ち上がった。


「貴様、大人しくしろ!」


 明生は後ろ手にひねりあげられ、カウンターに押しつけられた。痛みを感じるより先に固い冷たさが手首に巻きついた。手錠。何故俺が手錠をかけられるのか。殺したとはいっても小説の中だ。少しカッコつけすぎただけで二人は勘違いしている。


「来い、このクズ野郎! 逃げられると思ったか!」


 こうして初瀬明生は屈強な警官達に引っ張られ、パトカーに乗せられた。

 

 初めはほんの些細な行き違いで、すぐに釈放されるものだと思っていたが、行き違いはさらに深まっていった。


 ちょうどその日の夜、藤崎ほつまという作家が道頓堀で水死体になって発見された。メイド服姿で心斎橋を歩いていたという目撃証言はたくさん集まったが、いつどうやって道頓堀に落ちたのかは分からなかったので警察も首を傾げていた。自殺にしろ、他殺にしろ、うなずけないものがあったのだ。そこに初瀬明生が人を殺したとあるスナックで証言をした。小説の話だと言っているが藤崎ほつまと初瀬明生は小説を通じて交流があった。しかも長い付き合いだ。証言とも一致している。


 夏が終わった。初瀬明生はまだ留置場の中にいる。殺したのは赤井五郎だと言っているが誰も信じなかった。世界中が次の赤井五郎を待っている大人気シリーズを作家1人のわがままで殺せるはずがない。あってはならないことだ。赤井五郎はまだ生きている。死んだのは藤崎ほつまだけだ。マダラメ帳シリーズが完結する日はまだまだ遠い。


(おわり)


ネタにした小説↓ 






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 毎年夏が終わる頃、両親から土のついた野菜やお米と一緒にギターが送られてくる。 某一朗 ぼういちろう の実家はギター農家で、収穫時期が過ぎると規格外の出荷できないギターがダンボール箱一杯に送られてくるのだ。

 むこうは生活の足しにと思っているのだろうが、こんなにギターばかり送られてきても某一朗は持て余すばかりだった。両親にしても二人だけで大量に余ったギターを消費しきれないので某一朗や親戚の家になかば押し付けるように送ってくるのだろう。

 ギターがぎっしり詰まったダンボール箱は2週間ほど部屋の隅に放置されている。視界に入らない場所にあるのに不思議と無視できない存在感があった。そのまま腐らせていくのはしのびないので、某一郎が夏の終わりに大きな圧力鍋で大量のギターをくたくたになるまで煮込むのが毎年の恒例行事になっている。

 圧力鍋の蓋から蒸気が吹き上がる様を見ていると、某一朗は子供の頃を思い出す。

 梅雨が明けるとギターの木を包むように小さな白い花がいっぱい咲く。ギター農家ではひとつのギターに栄養を集中させるために、その花が散る前に枝先の花だけを残して花をむしっていかなければならなかった。中学生になると某一郎も手伝わされた。夏の暑い盛りにするので全身乾いたところがなくなるほど汗をかいた。

 夏の作業はそれで終わりではなく、ギターの実が成長してくると一番良い実だけを残して他の実を落としていく作業も待っている。それはたいてい夏休みが始まった頃に始まり、夏休みが終わるまで続く。某一朗は他の子達が遊ぶところを想像しながら将来は絶対にギター農家にはならないと誓ったものだ。

 夏の終わりに妻のえみりんはなぜか食欲が落ちる。夏バテのせいだろうか。食卓の前にデンと置かれた大量のギター煮込みのせいかもしれない。

 ギターを食べたくないわけじゃない。ただ食欲がないから食べられない。ご両親には悪いけれど本当に何も口にしたくない。もしかしたら明日は食べられるかもしれない。はっきりとそう口に出されたわけではないが、某一朗には妻がそう思っているようにしか感じられなかった。そういえばこの時期になると口数も少なくなる。

 一体これは何なのだろうか。どうしてこの世にギターなんてあるのか。息の詰まる夏の終わりに某一朗は毎年考えさせられる。妻のえみりんは食後に何か別のものを食べている様子はなく、本当に食欲がなさそうで夏が終わるとほっそりやせる。その顔を見て某一朗は悪いことをしたような気持ちにさせられた。

  調理したとしてもギターだっていつかは腐る。冷蔵庫でも一週間はもたない。某一朗は毎日ギター煮込みをおかずにしてごはんを食べた。妻は漬物かふりかけだけで済ましてしまう。食卓は緊張をはらんだ静けさに満ちていた。某一朗はコシのない固い食感のギターをぷつぷつと噛み切ると、ある種の重さと共に両親のギターを飲み込んだ。

(おわり)

inspired by
『レモン/グラス』王木亡一朗:note 
Amazon:王木亡一朗のページ 

Kindleストア:牛野小雪 
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