愚者空間

牛野小雪のサイトです。 小説の紹介や雑記を置いています。 あと短い話とか。

2015年10月

今年の8月に星新一賞に応募して、それからまた何か書こうとしている時に藤崎ほつまさんが文学会か、群像か、どちらに出そうか迷っていた。ブログを読んだ感じでは文学会になりそうなので、よし、それじゃあ私は群像に出してやろうと密かに計画していた。

9月10日から原稿を書き始めて10月8日に初稿を書き終わる。プロットでは6万字の構成で作り、予定通りに予定が狂って全部で84,030字。そこから19日まで推敲して84,121字にする。たった90字しか増えていない。いつもは消したり書いたりで結局増えるので何だかキツキツだと感じる。あと二万字あったらなぁとも思ったが、もしそれだけ余裕があったら、それに合わせて話を考えていたはずで、また二万字あったらなぁになったはずだ。とにかくこの話はこうなる運命だったのだろう。

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推敲はやればやるほど面白くなる?

 

日本の古典といえば源氏物語と平家物語が有名だ。源氏物語の方は光源氏が幼女をさらう辺りで読むのをやめたが、平家物語は矢切りの但馬とか、する墨の沙汰とかは読み返す事がある。ちなみに面白いのは平清盛が死ぬまでだと思う。三国志が面白いのが官ト(←何故か変換できない)の戦いまでと同じみたいなもので、教科書に出てくる源平合戦はあまり面白くない。歴史的には重要なんだろうけど……。

さて、推敲の話。

昔々、日本だけに限らず世界には印刷技術が無かったわけで、複製するには手書きするしかなかった。手書きとはいっても当時は鉛筆と消しゴムなんて気の利いた物など無く、貴重な和紙に墨で書くしかない。書き直しは不可能だ。そうなると必然的に頭の中で文章をまとめる必要がある。当時の人達はきっと写す前に何度も物語を読んだに違いない。

おそらくその過程で自然と推敲が行われたのではないかと私は思う。残念ながら原本は存在しないが、もし見つかれば現在流布しているものとは別物の物語ではないだろう(というか現代訳された時点で多少は別物になっているだろう)。現代でも原作改変でドラマ化が立ち消えになるという事件が起こるぐらいだから、きっと原作者が見たら「テメー、コノヤロー、勝手に改変しやがって許せん!」と怒るに違いない。紫式部も助走をつけて殴るだろう。

する墨の沙汰は絶対に落語の影響があると思う。頼朝が平家討伐の決意をするくだりもそうだ。もしそうじゃなかったら、昔から落語家みたいな人がいたのだと思う。そうでなければちょっとあの辺は納得できない。急に漫才みたいになる。

おっと、推敲の話。

昔々は手書きで写本していたわけで、複製にはかなりの手間がかかったに違いない。だから最初はこの面白い話を広めたいという情熱があったとしても、最後の方はただ終わらせたいという気持ちになっても仕方がないと思う。

そのせいか、古典の物語はだいたい冒頭が良くできていて、徐々に面白くなくなる。きっと推敲されておらず、原本に近い形で受け継がれてきたのだろうと私は思う。

いや、実を言うと現代小説も冒頭はやっぱりみんな力が入っていて、最後の方でダレるのが多い。なので冒頭で勝負が決すると言っても過言ではない。

うん、これって実は物語の構造的な問題じゃなくて、実は推敲をする時に冒頭から初めて最後の方でダレるのが影響しているのではないかなと考えた。

日本の古典には平家物語のパクリと言われる太平記というものがある。こっちは鎌倉時代末期から室町時代の話。雰囲気は平家物語そっくりで、作者が同じと聞かされたらそのまま信じてしまいそう。でも、ちっとも面白くない。そのせいか南北朝時代の事はよく知っているという人がいたら、専門家か、嘘つきかと疑えるぐらいこの時代はあまり有名じゃない。有名なのは金閣寺ぐらいじゃないだろうか。でもわびさび文化はこの頃から起こったらしい。それまでのお寺は海外みたいにケバケバしい色をしていたとか(でも金閣寺は金ぴか)。実は現代の日本にはかなり影響を与えているのではないだろうか? 当たり前に映るからこそ、あまり興味が持たれないのかもしれない。

足利尊氏も楠正成も、前後の武将達に比べると知名度が低すぎる。知らない人さえいる。高師直や斯波家長なんて10人中1人知っていたら良い方だろう(斯波家は後の織田家に関係がある)

ああ、そうだ。推敲の話だった。

太平記は室町時代の話だが、実はその時代の半分は南北朝時代という別名があるように、国内で二つ分かれていたのはあまり知られていない(教科書にはちゃんと書いてある。覚えている人はいるか?)。実質北朝が勝っていたようなものだが内戦状態はずっと続いていた(というか勝った。グダグダな感じだが)。そんな中でわざわざ物語を読んで写本する人なんていなかったのでなかろうか。

戦国時代はエピソードが豊富なわりにたったの20、30年しかない。源平合戦も清盛が死んでからだとすると、やっぱり20年ぐらいだ。その後は全国規模の戦乱が無い時代が長く続く。

私の予想では源氏物語は平安時代の人が、平家物語は鎌倉時代の人が、戦国時代の逸話は江戸時代の人が写本していたのだと思う。太平記は室町時代の人だろう。しかし、この時代は平和だった年数はあまり長くない。みんな『本なんか読んでる場合じゃねえ!』状態なのであまり人の目は通っていないはずだ。つまり推敲されていない。江戸時代になった頃にはもう古典となってしまったのだろう。

つまりは。どんな形にせよ。人の目を通して改良された物は自然と良くなるのではないかということ。書き写した人も、この話を今より面白くしようと意気込んで写していたわけではなく、書く過程で自然と推敲していたのではないだろうか。

というわけで、これを面白くしてやろうなんて意気込まずに、ただ目の前にある原稿に目を通しなさい、そうすれば自然と推敲されると自分に言い聞かせたい牛野小雪なのでした。推敲三周目です。

 

(2015年10月15日 牛野小雪 記)


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9月から公募に出す小説を書いている。書き始めの想定ではもう書き終わって次の小説に取り掛かっているはずだが、まだ今の小説はオチが見えてこない。正直言って全然進まない。その日書いた字数が二千を下回った日は自分がゴミになったような気分がする。

ふとカレンダーを見る。日付には今まで書いた字数が書いてある。それによると理想より大きく下回っている字数だが、予想よりは早く進んでいる。事前にまぁ色々あってもこれぐらいには書き終わっているだろうというラインがあるのだが、そのラインよりは半歩ぐらい先に進んでいるのだ。

 毎日毎日今日は書けなかったと嘆いているけれど、それは自分の理想を下回っているからで、予想以上の執筆はしているわけだ。正確に計ってはいないが平均的には真論君家の猫より勢いがある。瞬間風速的な物はともかく全体としての手応えもやはりそれぐらいある。もう芥川賞に出しちゃおうかなと考えるぐらい。(←公募していない)

 自分を苦しめるのは自分だ。ありのままの自分でいるのならこんなに苦しい思いはしなくていいのだろう。でもやっぱり理想の自分でありたい。ありのままの自分なんて好きになれない。今より凄い小説をもっともっと大量に書けるようになりたい。少なくとも物自体は頭の中にある。私はそれを知っている。問題はどうやってそれを言葉にできるかだ。
 でも今はフランス語を翻訳するような進みでしか書けない。そんなわけで(ああ、今夜もあんまり書けなかったなぁ)と自分で自分を責めながら布団に入るわけだ。せめて英語を翻訳ぐらいの速さは身に付けたい。

 

余談だがいつも書き足す癖があるので、それを見越して書こうとしている字数より少なく見積もって書き始めた。12万書くならならプロットでは8万みたいに。ヒッチハイクではそういう書き方をして、案の定、想定字数は越えた。でもそれは想定内だった。
 今書いているものは最初の想定を越えた。多分まだまだ越える手応えがあるが自分のことなんて最初から信用していない。何か余計に書くことが出てくるだろうと思っていながら書いていたら本当に出てきた。だから予定が狂うのはある意味では計算の内だ。
 規定枚数は多分越えないだろう。越えたら越えたで削る自信はある。星新一賞で一度やったことだ。でもたぶん収まる。収まって欲しいな。収めよう。でもまずは最後まで書こう。

 

 

(2015年9月29日 牛野小雪 記)


 


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