愚者空間

牛野小雪のサイトです。 小説の紹介や雑記を置いています。 あと短い話とか。

2015年07月

 CDが売れないとは今さらな話だが、私がこれからするのはみみっちい話。これを参考にしたからといってCDがまた百万枚売れるようにはならないと思うが、一枚ぐらいは積み増せるかもしれない。

 

 最近ラジオや有線で西野カナの歌がよくかかっている。

“もしも、神様がいるのなら~♪ 運命の人がいるのなら~♪”

なんか昔に聞いたことがあるような気がするんだけど気のせいだろうか。とにかくその歌を聞かない日はないのだが、未だに題名を知らない。前に出していた“ああ なんで すきぃ~になあっちゃったの~かな~♪”っていう歌もよく聞いていて、良いなぁと思っていたのだが、これもやはり題名を知らない。

 

近所の本屋はCD屋が併設というよりは一体化していて、本とCD、あと文房具が買えたりするのだが、その店にいるとちょうど冒頭の歌が聞こえてきた。

 その時はちょうど新しいボールペンを買おうとしている時で、頭の中はお金を使うモードになっていたわけだ。それで、その歌のCDも買ってみようかなと西野カナの棚まで行ったわけだが、そこではたと気付く。これって何ていう題名の曲だ?

 

 西野カナの棚にはCDがいくつか入っている。でもどれが今聞いている曲か判別できない。『新曲!』とラベルが貼られている物もない。結局、私はその歌を聞き終わるとボールペンと本を一冊買って(CDを買うつもりだったのに買えなかったから、何だか千円ぐらい使いたい気分だったのだ)、店を出た。

 

 会いたくて会えなくて震えるので有名な歌は持っている。題名も知っている。『会いたくて 会いたくて』だ。ああ、なんで知っているんだろう。

いつ出たのか調べてみると2010年5月19日。このとき私は何をしていたのだろう。毎日、日記をつけていると、こういう時に便利だ。

 

 最初に開いたページでぎょっとした。4月28日はエイジオブエンパイアをやっていて、そのことについてノート4ページに渡り、ぎっしりと文字が書き込まれている。その前後もけっこうな量で書いてある。そのあとベヨネッタでゴールドは取れるのにプラチナが取れなくて苦しんでいたようだ。結果は書いていないが、プラチナコンプリートはできなかった気がする。

 

 おっと、過去に浸っている場合じゃない。

2010年5月19日。……前日まではびっしりと書いているが、ちょうど19日から気持ちがBADだったらしい。YJを立ち読みして、汗がだらだら出てきた。油とり紙が欲しいとだけ書いてある。……いや、発売日に買ったわけじゃあるまい。もうちょっと読み進める。

 

 

結局のところ、私がいつ買ったのか分からなかった。そもそも2010年に買ったのかも思い出せない。いつ買ったんだ? CDジャケットからニョキッと足が生えて、枕元に飛び込んできたわけじゃあるまい。でも、買ったことは覚えている。確かに私は会いたくて震える曲だと、『会いたくて会いたくて』だと知ったうえで買っていた。

 

 最近の曲の題名を私は知らない。でも流れてくれば聞いたことがある。実はみんなもそうで、曲は知っているが題名を知らないだけだったりして。

 昔はCMや音楽番組でCDの宣伝をしていて、歌手やバンドの新曲の題名やフレーズ、CDジャケットまで知っていた。でも今知っているのはフレーズだけ。こんな少ない情報でわざわざCDを買いに行こうっていう人が逆に珍しいだろう。よっぽど熱い理由が無ければならない。

 

 王木亡一朗の『ティアドロップ』にサニーという女の子が昔聴いた曲を探すというくだりがある。彼女は喋ることができないので、彼女と筆談しながらその曲を探さなければならない。なんでそこまでする必要があるのか?

彼女はあるカルト教団の施設でひどい虐待を受けながら育ったのだが、そこから救出されたときに車の中で聞いた曲が頭に残っていて、それをもう一度聴きたいというドラマチックな理由がある。理屈じゃ説明できないけれど、まぁ気持ちは分からなくもない。

 彼等はそこから題名も知らない、歌詞も分からない、分かっているのはメロディだけで、しかもそのメロディーはサニーという女の子の中にだけある状態で曲を探すわけだ。

 

 そんなドラマチックな動機がない私達はどうやって題名を知らない曲に辿り着けばいいのか? CDジャケットも知らない。CDが売れないのは単純に宣伝不足が原因なんじゃないか? たとえば上の例でいえば、たぶんこれは西野カナの新曲だろう。だったら店の壁にポスターでも貼っておけばいいのに。もしくは歌を流し終わった後は必ず題名とアーティスト名を教えるとかさ。ファンや、ギョーカイ人なら知っていて当然かも知れないけれど、それ以外の人は知らないのが当然。少なくともそれで一枚分の商機を逃している。
 まぁ、このご時世だからCD販売で儲けようとは思っていないのかもしれないけど。

 

 [2015/07/27 牛野小雪 記]

 



追記:西野カナも良いけど、前にコカコーラのCMで流れていたゲスの極み乙女の“わたしいがい わたしじゃないの”っていう歌も良かった。題名は知らないけどね。でも何故かバンド名だけは何故か知ってる。顔も知っている。めざましTVに出ているのを見た。ボーカルは男だったのか! と驚いた記憶がある。ちなみにその時までゲスノキワミオツ、オトメだと思っていた。どこからオツが出てきたのか……。

 

追追記:これを書くついでに調べた。

西野カナの歌は『もしも運命の人がいるのなら』『Darling』

ゲスの極み乙女。は『私以外私じゃないの』だ。

どちらもAmazonで売ってる。


追々々々記:アメリカの方では、もうダウンロードじゃなくてストーリーミング再生の聴き放題に移行しているそうだ。1回の再生で1セント以下の利益しかでないから、数をこなせる一部のアーティスト以外は生活できないってさ。でも、少し前にテイラー・スイフトがアップルと揉めるているのがニュースになっていた。どんなアーティストも無理なんじゃないか?
 そういうサイトは基本無料で広告を出す形で金を得ているんだが、ある会社は完全定額サービスにしてできるだけアーティストに還元することを目指しているらしい。どうなるかな?
 本の世界でも電子書籍が充分に普及したらいつかはこうなるだろう。アーティストにはライブがあるが、作家はどうなるんだろう。
 



ときどき自著の宣伝もしとかなきゃな。一応小説家なんだから。

 

 


最後に


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 百田尚樹の本を読んで、彼のことを一時期イケメンだと思い込んでいたがある。

 高層マンションの間接照明に照らされた薄暗い部屋で、タートルネックのセーターなんか着ちゃったりして、それで線の細い顔に細いフレームのメガネ、長く伸びた髪は手櫛で後ろに撫でておでこが見えるようにしている。それでクラシックを聞きながらワインを飲んでいる都会的な優男をイメージしていた。

 

 わりとテレビに出ている方なので、知っている人は知っているだろうが実際はそんな人ではない。見た目は関西のおっちゃんだ。私は最初、同姓同名の別人だと思っていたぐらい。もしまだ見ていない人がいるのなら、まず彼の本を読んでから実物を見て欲しい。うわぁー、こんな人が書いていたのか~! と驚くこと請け合いである。ちなみに情熱大陸で見たのだがクラシックは聞いているそうな。なかなかいい線は突いていたようだ。

 

 当たり前の事だが文章は見た目で書くのではなく、頭で書くものだ。だから文章を読んで分かるのは、その人の頭(中身のことね)なんじゃないかな。

 その人が書いた文章を見れば、その人の性格はビッグファイブ理論でおおむね推定できるそうだ。ビッグファイブ理論とは文字通り五つの特性を測る精神診断みたいなもの。その五つの要素は以下のとおり

 

○神経症傾向

○外向性

○解放性

○調和性

○誠実性

 

 こう言ってはなんだけど、巧拙の差こそあれ。その人の書いた文章には個性がある。だからパラパラと立ち読みして、最初感じた雰囲気はまず外れることがない。第一印象が最後の一行まで続く。

この人は面白そうだなとか、気に食わないなとかがあるわけだ。それじゃあ私の文章はどんな感じなんだろう。自分じゃちょっと分からないな。イケメンだといいけど。

 

 イケメン作家といえば王木亡一朗。いや、顔は見たことないんだけれど、彼の文章に感じるそこはかとないイケメン臭。いや、待て待て。百田尚樹の前例もある。実は新潟のおっちゃんかもしれない。う~ん、でもやっぱりイケメンと感じるものは感じるんだな。

 

 ビッグファイブ理論的には書いた文章でおおむね性格が類推できるそうな。それでいえば少なくとも彼はイイヤツっぽい。きっと性格はイケメンなんだろう。むしろそう考えたら本当にイケメンだった場合ちょっと腹が立つ。できればベニズワイガニみたいな顔であって欲しい。

 

 そういえば最近見たネットの記事ではイケメンよりフツメンの方がいい女の人が多いらしい。ちなみにフツメンとは仏面ではなく普通の男という意味。本当かなと思うけど、逆に考えてみれば美人過ぎるのも気が引けるからなぁ。まぁ、そういうことかもしれない。でも、性格は仏みたいに優しい人がいいというのは昔から変わらないそうだ。つまり性格イケメンってこと。

 

 あれ、ってことは、やっぱり性格がイケメンの王木亡一朗は実際にイケメンじゃなくても女にモテルってことか。それで私の方は……くそっ、何だか腹が立ってきた。
 爆発しろ、リア充め!!

 

[2015/07/29 牛野小雪 記]

 



 

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 思春期の頃、あまりに男に塗れていたせいで(性的な意味ではない)もしかすると自分はホモかもしれないと疑うことがあった。でも今では、友情と愛情というのは似て非なる物だと私は思えるようになった。

 くみた柑さんの『七月、きみのとなりに』を読んだ。連作短篇のような形をとっている。その最初の話が『言えない恋』。女の子が女の子を好きになる話。何故言えないのかと言うと、同性愛だから。


 “ホモは殺せ”みたいな過激な思想は持っていないんだけど、もし仮に友達が「俺、
ホモなんだよね」なんて言ってきたら、今までと同じように接する自信はない。“そりゃ私は王木さんみたいなイケメンではないけれど、好かれとるんちゃう?”なんて考えてしまう。で、積極的な悪意ではないけれど、消極的に彼とは自然と距離を置くようになるだろう。これって差別なんだろうか?


 どうでもいい話だけど、店のレジで手を挟んでくる人。あれも何だか気になってしまう。”もしかしてだけど、誘ってるんじゃないの?”とドキドキして(店員が男でも女でも)、なかなか店を出て行かないでいたら、次の人にも同じようにしているのを見て、何故だかガッカリしてしまった経験がある。いや、これはただ言っただけなんだけど。


 通りすがりの人に好かれるのはちょっと嬉しいけれど、知り合いに好かれたら(性的な意味で)嫌になるのってどうしてなんだろう。性欲という下心があるからなのかな。分からない。たぶんね。友達っていうのは欲の絡まない関係なんだ。性欲も、金銭欲も、社会欲求も。

 通りすがりの人は欲が絡むほど近しい関係でないからそれは純粋な好意に感じられて単純に嬉しかったりするのかな?(勘違いもあるが)

知り合いの場合は距離が近すぎて欲塗れの感情が透けて感じるから嫌になるのかもしれない。



 男と女の間で友情が成立するのはどちらも恋愛感情を抱いていない場合だという。つまりお互いに性欲を抱いていないということ。女→男なら嬉しい気もするんだけど、イケメンの意見を聞いてみたい。たぶん恐いと思うんだな。


 昔、とある場所でホモと遭遇したことがある。

 相手は明らかに堅気ではない風体で気付けば私のそばに立っていた。私が目を向けると男は話しかけてきた。ホテルがどうのとか、気持ち良いことがどうのとか、いっぱい出したら気持ちいいとか、ホテル代は二人で分け合えば安くなるだとか、色々と遠まわしに言ってくるが、私は(なるほどこれがポン引きというやつか、本当にいたんだな)と早合点した。ちょっとヤバそうな雰囲気だったが、その頃の私は体を鍛えまくっていたし、相手はひょろい体だったので、もし手を出してきたら片手でぶちのめす自信があった。棒切れ一本持てばその辺の奴が束でかかってきても指一本触れさせないというぬぼれもあった。それで社会の裏側を覗くつもりで、行けるところまで行ってみようという心持ちでいた。

 しばらく男と話していたのだが、やけに持って回った言い方をするなぁと思っていた。なんで女の子の話をしないのかなと思っていたんだけど、何かの拍子に男の手が私の背中に触れた瞬間、今までのはっきりしない男の言動や態度が全て繋がり、私は全てを一瞬で悟った。こいつはホモだ! しかも俺を狙っている!


 もうね、あの時の衝撃は今でも忘れられない。体中の細胞を直接殴られたような衝撃があった。体中の血が一瞬で引いて寒くなったのに、その体中から一斉に汗がドバーと出て、へその下から指先までぶるぶる震えた。

 しどろもどろになりながら「今日は用事があるからもう帰る」と言うと男は残念そうな顔をしたが、引きとめたりはしなかった。
 私は早足にその場から逃げた。目からじんわり涙が出ていた。ずっと追われているような気がして一度も振り返ることができなかった。やっと汽車に乗ったときには助かったとも思った。


 どうして片手で倒せるような男に震えなえればならなかったのだろう。男は明言しなかったがあれは絶対にホモだった。あんな目で見られたことは後にも先にもない。幽霊とかヤクザに感じるような物ではない。今までに類するものがない恐怖を感じた。こいつをぶちのめすことができるとは少しも考えずに、とにかくその場から逃げる事だけを考えていた。


 もしかすると、男→女に対する欲望を感じた時、女の人はあれぐらい恐怖を感じるものなんだろうか。少女マンガに出てくるようなイケメンだと大丈夫? よく分からない。もしそうだとしたら生きるのが大変だろうな。

私の場合は自分に向けられた欲望に気付いた時、震えるものだと私は思った。超恐い。


 あれ、なんの話だっけ?

 ああ、くみたさんの小説の話。いや、そうだったかな?


 やっぱり、男と女の形じゃなくても好きってのは結局欲望なんだ。

I Love You = 俺はあんたに欲情している”なんだけど、それだと相手を恐がらせるので“月が綺麗ですね”と遠まわしに言わなきゃならないわけ。(夏目漱石がこう言ったという出典を誰か教えてくれ。私は知らないぞ。漱石らしくない)

 でも、自分では嫌になるぐらい欲望があるのを知っているから、自分で自分が嫌になる。思春期だと特にそうだろう。別に同性愛者じゃなくても『言えない恋』なんじゃないかな。

 

 そうそう、欲だといえば自分の本を宣伝できないのもこれに似ている。他人のなら別に鼻歌交じりで勧められるんだけどね。これは別に本じゃなくてもいいんだが、自分を売り込めない病気にかかっている奴ってたくさんいるんじゃないかな。もっと売り込んだらいいのにと思う人が何人もいる。売り込めない病はそこここ に蔓延しているようだ。

 

追記:やはり異性、同性関係なく、欲情されたら、もしくはその可能性を感じたら距離を取るのではないかな。

 

 くみた柑/七月、きみのとなりに 発売中 200円(2015/7/23の情報)




あなたは最近欲情していますか?

 








私が最近欲情しているのはこれ。

王木さんがもうじきリリースするというティアドロップ。

たぶん王木さん本人には欲情しないが、本の方には欲情した。

……いや、待てよ。私は本当のところこの本がどういう物か知らない。ということは、もしかすると私は王木さん自身に欲情しているのかもしれない……。


 
 ティアドロップ(ライトスタッフ!)/王木亡一朗 250円(2015/7/23の情報)


彼をびびらせるつもりで書いた。震えてくれていたら嬉しいな。







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それにしても暑いですね。
夏といえば怪談話ですが、幽霊より怖いのは生きている人間ですね。
 今日は散歩中に一台のライトバンがモロに突っ込んでくるコースで走ってきて、危うく難を逃れました。すれ違い様に運転手の顔を見たのですが、そこにはオーディオの青い光に照らされた若いニーチャンがぼんやりした目で乗っていました。暑さで頭がゆだっているんでしょうね。
そのニーチャンは用水路へ落ちる前に正気を取り戻して、ライトバンを元に戻した。牛野小雪も事なきを得た。めでたし、めでたし。

難を逃れた私は家に帰ると、とりあえずtwitterを見て、返信をして、KDPのレポートを見るとグラフがぴょっこり出ているじゃありませんか。しかも赤い線じゃなくて緑の線。はてな? 無料キャンペーンを設定した覚えはないのだが? とうとうAmazonも人がいなくなったのか? と管理画面を見ると蒲生田岬が今日から無料キャンペーンになっている!
 
その瞬間、私は思い出した。

いやね。これはちゃんと思い出せたんですよ。でもね。いつ無料キャンペーンしようかな。週末が良いかな。面倒くさいからやっぱりやめようかなと思っていた矢先にこれですよ。たぶん私が自分で設定したんでしょうが、まったく記憶にない。
夏の暑さってのは恐ろしいですね。幽霊も恐いですが、頭がおかしい人も、健忘症も充分に恐ろしい。

まぁ、二年前に書いたやつで恐縮ですが、これを機会に牛野小雪が初めてという人にも、初瀬さんにも読んでもらえると嬉しいな。もちろん始めてじゃない人にも。
この辺から大分書き方が変わったので、その意味では記憶に残っている話。たぶんこういう話はもう書けないだろうけど。



二年前で恥ずかしいところもあるが、そのまま出すことにした。だってもう始まっちゃたんだから。

もしよければここも参考に
『蒲生田岬』の苦情または感想

牛野小雪より 
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A「あなたはどうしてあんなことをしたのですか?」

B「だってしょうがないじゃないか。みんなやっていることなんだから」

 




さてBさんは一体何をしたのでしょうか。何をしたとも書いていないのに何故か善いことをしたようには思えない。不思議なことにこういう言葉が出てくるのは決まって悪事がバレたときであって、善いことをしたときには出てこないような気がする。

 

どうも悪いことをしたときには自分に悪意があったとは言わずに必ず状況のせいにしているようだ。不祥事を起こした人をTVで見ていても、言葉の上ではあやまっているがその態度は不当に裁かれているというそこはかとない怒りを感じる。どうして俺だけがという不満表明に見えるのは気のせいだろうか。

 

言い訳するななんて言うことは容易いが、私は悪意に囲まれて悪に染まらずにいられる自信はない。何か事が起こると勢いのいい言葉がたくさん飛び交うが、そんな人も同じ状況に立っていれば同じことをするだろうと思っている。周りに影響されずに自分の意志で行動できる超人がそんなにいるとは到底思えない。またそんなにいないからこその超人だろう。もちろん下手にそんなことを言うと「お前は簡単に悪事を染める意志の弱い人間なのか」と言う面倒くさい人が出てくるので、建前では超人風のことを言うだろうけどね。

 

 つまりは上のBさんにしても自分自身の意思で悪いことをしたのではなく、周りの状況に染まって悪事を為し、たまたま運悪くそれが見つかっただけで、自分の意志でやったわけではない。それなのに裁かれている。だから怒っているのだ。

 

ライブドアブログでこんなことも書くのもあれだがライブドア事件。あれはどう考えても闇が深い。ホリエモンはああだこうだ言って怒っていたが、それは彼の周りにTVで報道されている以上の悪事が展開されていて、それを知っているからこその怒りではないだろうか。お前ら、俺だけをさんざんいじっているがもっとヤバイのが他にもあるだろうよ!的な。喩えるならすぐそばで強盗殺人が起こっているのに、スピード違反で捕まったようなもので、そんな状況なら怒らない方がむしろおかしい。沖縄で自殺した(ことになっている)人なんて、すぐに報道されなくなってしまった。スっゲーよな。現実は小説を別ベクトルで超越している。

 

 最近中学生が自殺した事件がニュースになっていた。私自身を振り返ると14歳なんて何かの弾みで簡単に死ぬようなものだと思うのだが、かつて14歳の少年だった人はどうだろうか? 

振り返るとよく死ななかったなって思う事がいくつかある。でもまあこれは若さを持て余した話で、ニュースになったのはいじめの話。何年か前にこの手の事件では珍しくいじめの主犯格が捕まってニュースになったが今回はどうなるのかな。

 絶対に言えるのは、いじめっ子が捕まってもそれほど反省した色は見えないと思うよ。もっとも少年法で姿形は見えないだろうけど。

 むしろどうして自分達だけがという怒りに燃えるのではないだろうか。よしんばいじめを認めたとしても俺達だけじゃないと主張するはずだ。

 でも、いじめられた本人に話を聞くことができれば(死人に口なしだが)、こいつらだけにいじめられたというのでは?

 ならいじめっ子達は嘘をついていたのか?

 私はそうじゃないと考えてみた。人間ってのは嘘をつくものだが、真っ赤な嘘はなかなかつけないものだ。人間にそこまで想像力はない。だから小説を書くのは難しい。

 

しょせん人間が考えたことだ。小説だって探せば似たような小説がきっとあるだろう。最近書いた『ターンワールド』だって誰かが似たような話を書いていたとしても私は驚かない。むしろ見つからない方が驚く。

ついでだから言っておくけど、佐藤さんが言っていた『スティルライフ』を読んだ。話の筋では全然だけど、深いところのプロットでは似ていると思った。それと佐々井という人物が、いつか書こうと思っていた人物像にかなり似ていたのでかなり驚いた。『ターンワールド』を書いている途中で出てきた人物なので佐藤さんの嗅覚は凄い。

 しょせん人間の考えることだ。凄いアイデアだとドヤ顔になっても過去に考えている人は必ずいる。あんまり得意になっちゃいけないね。

 

 さて、話をいじめに戻すとしよう。話を分かりやすくするために架空の教室、アルファベット学級を描いてみた。↓

アルファベット学級のコピー

 

説明するとハートの中は付き合っている。もしくは友達以上恋人未満。黒い矢印は悪意の方向。矢印の先にいる子はいじめられていると思って欲しい。アルファベット間の距離は親密さを現している。実際はもっと矢印が入り乱れていたり、距離が複雑だろうが、これで勘弁して欲しいな、喩えの話なんだから。HIは良心になってもらった。あとNSも。TUは分からん。こういう人がいないと暗い気持ちになるから、ね?

 

 仮にこの中でG君がいじめを苦にして自殺で死んだとしよう(X君が一番ヤバイ気がするけどね、あとK子ちゃんも)。ちなみにG君は右上にいる。その彼に矢印を向けているのはCDEF君だ。おそらく主犯格で捕まるのはCDE君だろう。運が悪ければF君も捕まるかもしれない。

 

 G君はいじめに耐えられないと遺書を書き残していた。学校や世間は大騒ぎ。急遽聞き取り調査が行われる。CDE君以外はもちろんいじめをしていないと言うだろう。F君はG君といじめというよりはケンカをしていた仲だ。たぶんしていないと言うだろうし、思ってもいないだろう。死んだG君にしてもそうは思っていなかったはずで、そうでなかったら超自己中心的なクソ野郎である。

 

 さて、クラスの聞き取り調査では分からなかったが(分かることってあるの?)、G君の日記からCDE君からいじめられていたことが発覚する。再度の聞き取り調査では出てこなかった証拠も次々とあがってきた。

 大人達に詰め寄られたCDE君達は泣きながら俺達は悪くないと言う。彼等の親はそれを信じて彼等を擁護する。本当にそうか?

 C君、D君、E君、それぞれの立場に立って教室を見てみる。するとクラスの半分以上が誰かをいじめていることが分かる。いじめに関わっていないのは9人しかいない。またD君はC君にいじめられてもいる。しかもこれは勝手な予想だが関わっていない9人のうちHINSTUの6人は自分達だけの世界へ入っている。そう考えるとこの教室でいじめに関わっていないのは3人しかいないことになる。

 さて、そんな悪意の風が吹き荒れる世界の中で悪に染まらずにいられるだろうか。私は無理だと思うな。染まらないためには強靭な意思を持った超人になるか、こういう場から立ち去るしかない。

 

 G君の日記がある。CDE君はこれこれこんなことをしたのかと大人達に訊かれる。かなりしぶりながらだがそうだと答える。でも不満そうだ。

 その三人はG君のいじめに関しては重要な役割を果たしているかもしれないが、教室内における矢印の数は18本。彼はその1本を担っているに過ぎない。強風が吹き荒れる中でうちわを扇いだようなものだ。それほど悪いとは思っていないはずだし、思えもしないだろう。もしかすると死んだのはD君だったかもしれないし、世界は教室の中だけではない。もしかするとC君、E君だって死んでいたかもしれない。

 

 企業の件だと企業体質に問題が向けられる事があるが、いじめの問題で教室の体質に問題が向けられた事はないだろう。ネット上ではいじめを無くすことはできないという意見が強い。それはいじめという問題を属人的な問題に捉えているからではないか。色々と考えはあるが、いじめの原因がいじめっ子側にあるにしろ、いじめられっ子にあるにしろ、原因は必ず属人的な物になっていて、状況に原因を求めている意見をあまり見ない。あるのはいじめっ子がクソ野郎か、いじめっ子がクソ野郎かのどちらかだ。(ただ、正体が明確になっている場合は必ずいじめっ子がクソ野郎一色に染まるのは不思議だ。)

 

 『自由からの逃走』という本があるようになかなか自由意志を貫くのは難しいものだ。考えるだけなら簡単だが、その意志に沿って行動するのは難しい。夜更かしをしたり、朝起きるのでさえ苦労しているのがその証拠だ。

いじめっ子にしても純粋な悪意を持った人間は少なくて、九割ほどは状況に沿っていじめているだけだと私は考える。ショッピングセンター(ジャスコのようなもの)に行っても、それほど意志の強そうな人はいないじゃないか。だからこの世に存在するいじめの9割は状況が変わればピタリと止まるんじゃないかな。

 だから、いじめっ子の俺は絶対に悪くないという心情は嘘ではない。悪いのは状況なのだ。行動はともかく、心情的には何も考えずに行動したのだからある意味では純粋無垢の透明である。(でもね、マジもんの悪意を持っている人も自分は純粋だと思っているし、公言もしているような気がするんだ……)

 

 ほとんどの人は善でも悪でもないない。自分で考えて行動していると思い込んでいるが、実際は風向き次第で体の向きを変える愚鈍な牛の群れにすぎない。そこにあるのは思考ではなく反応だけだ。悪意の風が吹けば悪の方へ向き、善意の風が吹けば善の方へ向く。昔々ニーチェ君という人は気違いになるまで思い詰めて、超人という言葉を生み出さなければならなかったほどだ。

 

「それじゃあ他の人が死んだらお前も死ぬの?」

 私はこの問いに死ぬかもしれないと思う。昔からそう思っていたんだけど、みんなが死んでいく中で俺は一人でも生きてやるぜって行動できる人はいるだろうか(口に出す人はいるだろうけどね。私だって相手によってはそう言うさ)。案外この世に生きている人はみんなが生きているから生きているのであって、自殺が流行りだしたらバタバタ死んでいくのかもしれない。

 

 結局はね。これを見ている人よ。君はどうせKDPで何かしらの本を書いている作家で、しかも牛野小雪のツイッターアカウントを相互フォローしているわけだろう?

 だから毎日何枚、あるいは何字書いたかツイートしなさいな。そうすれば「おっ、あの人は今日10枚も書いたのか、あっちの人は1800字、スっゲー!!! こいつは12万字も書いてる!!! ……あっ、この人は7字しか書いていないや」とか言いながら、私も書かなきゃって気持ちになれそうだから。私だって『ターンワールド』を書いている時は週一で報告していたんだぜ、ある程度先が見えてからだけど。

 

 いや、本当の話。過去に物語を作った人がいたから、さらに物語を作ろうと思った人がいたわけで、小説を書いた人がいたから小説を書こうと思った人がいると思うんだ。小説の概念がない人が、ある日突然小説を書こうなんて思うはずないもの。

 

みんなでお互いにその気にさせて、書きまくろう。

それで書き終わったらこう言うんだ。

 




「あなたはどうしてこれを書こうと思ったのですか?」

「だってしょうがないじゃないか。みんな書いてるんだから」(えなりかずき風)

 




 

 

愚鈍な牛野小雪より


 





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というわけで試しに支援AIを作ることにしたのだが、twitter がたまごアイコンだといかにも安普請なので顔を書くことにした。
まぁなんでもやってみることだ。ダメならやめればいいんだし。もし仮に成功すれば精神的自家発電が可能なスマート牛野小雪に転生するだろう。


dizzy
1.Dizzy
えっ、この感じはどこかで見たことがある?
無茶を言ってはいけない。牛野小雪の引き出しは非常に少ないのだ。
きっと彼女が毎晩私を励ましてくれるだろう。




原案1
2.せっかくフォトショップを起動させたのだから、自分のアイコンも新しく書く。こちらは素案。構想で没になった『暗黒破戒都市ニューダーク』という話に夜な夜なニューダークの都市に出没する怪物ジャンパーの首を切って並べて、記念撮影をするサイコ剣士サイケファデリックGという男がいた。彼は仮面を被っているのだがこちらは素面。
まともな絵でつまらない気がした。




原案2
3.決定! ヤっバイ! これしかないと思った。新しいTwitterアイコンはこれにしたいな。


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