実際の話じゃなくて小説の話。今書いているところで人ひとり殺さなければならなくなったんだけど筆はピタリと止まってしまった。筆力はまだあるのを感じるけれど気力が出てこない。

 話の内容的には殺されるんじゃなくて死ぬわけだが、作家が文章を書いて殺さなければ相手は死んでくれないわけで、死んでくれないと話が進んでくれない。だからずっと止まっている。殺すのは人どころか猫でも難しい。真論君家の猫でもずいぶん筆が止まった。ある種の狂気がなければ人(猫)は殺せないようだ。

 

 始めから死んでいるとか、気付いていたら死んでいたとかは書くのが簡単だ。でも物語に関わっている人間はかなり難しい。そんなことを考えていると現実でもそうなんじゃないかと思えてきた。ニュースで何人死んだと聞いても胸に迫ってくるものはないのと同じで、案外無差別大量殺人は心の抵抗が少ないのではないだろうか。銃身越しに相手を撃つのは難しいが、迫撃砲で狙ったり、上空から爆撃するのは良心の葛藤がないと聞く。そういえば死刑執行するときは顔を隠すんだとか。

 やっぱり顔が見える相手は殺しづらいみたい。それでいうと通り魔に遭った時は相手と目を合わせて、身の上話をすると案外助かるのかもしれない。もっとも向こうはこっちの顔を見ないように後ろから不意打ちで襲ってくるんだろうけど。

 心神喪失状態で責任能力を失くさないとこの先書けないのかな。それか顔を見ないで書くか。文字だけの世界なのに顔の感覚があるのが不思議に思う。

(おわり)