愚者空間

牛野小雪のサイトです。 小説の紹介や雑記を置いています。 あと短い話とか。

 マーク・ボイルというイギリス人が書いたぼくはお金を使わずに生きることにした を読んだ。タイトル通り貨幣経済から離れた生活をするという内容だ。イギリス人ってのは面白い。この前は人間をお休みしてヤギになってみた結果 というのを読んだ。この人は0からトースターを作るということもしている。欧米人(欧米といっても範囲は広い。まぁ俗にいう白人ってこと)はこういう挑戦をする人達が時々出現する印象があるけれど、私はそれを支える仕組みがあることの方が面白かった。前者のお金を使わずに生きるにしても、お金を使わずにどうやって豊かに生きるかのノウハウを共有し合うコミュニティがあるし、ヤギになるにしても政府(もしかしたら違ったかも。まぁパブリック的な何か)から研究資金が出たりする。日本人にも奇人変人の類はいるんだろうけど、そういう人達を受け止める仕組みがないから、社会から逸脱してしまうんだろうな。

 さて、そのお金を使わずに生きる本を読んで、私も真似しようと思った。何にでもすぐ影響を受けるのである。とはいえ、いきなりホームレス生活に突入するのは無理なので、とりあえずフリーナッツの在り処を探ることにした。フリーナッツとは自生しているピーナッツとかクルミみたいな木の実である。

 イギリスと日本の植生は違うので、本に書いてあるのと同じ生活をするのは無理だと分かった。それで日本にあるナッツ類を調べるとオニグルミという在来種があるのがすぐに分かった。オニグルミの木からは周りの植物の成長を抑制する物質が出ているので、近くに他の植物を植えられないとか、種は大雨などで増水した時に川を流れて運ばれるとか、そういう知識を手に入れると、自生したオニグルミは河川敷に生えているはずで、しかも周りに草木がないぽつんとした状態で生えているはずだとすぐに予想が着いた。

 さっそく河川敷沿いの道を車で走りに行く。山の近くまで行かなければ見つからないだろうという予想に反して、オニグルミらしき木はすぐに見つかった。ぽつんとした感じではないが、下草が異様に少ないのでそれだろう。国道のそばの、セメント工場とか、病院とか、スーパーが近くにある場所だ。河川敷の道を降りて、木の近くで葉を確かめると、その木はやはりオニグルミだった。しかし、地面に落ちていた実は古そうだったり、虫が食ったりしていたので拾わなかった。近くに人が住んでいる場所なので食べられそうな物は、みんな拾われてしまったようだ。
オニグルミ2
 そのクルミの木から少し離れた場所に畑があった。おかしいと思ったのは、そこは台風や大雨で増水すると、川底に沈んでしまう場所だったからだ。農業には向いていない土地で、実際に畑も綺麗に区画整理されておらず、植えられているのもキャベツや、ブロッコリー、インゲン、ナスビ(春なのに何故か実っていた)と統一されておらず、機械が入った感じもない。市民農園なのかもしれない。枝豆の種が使いきれないほどあるが、こういう場所でなら使いきれそうだ。

 その畑で一人のおじいちゃんがクワで土を耕していた。私が畑を見ながら歩いていると、向こうでも私に気付いて、クワに両手を置くと体を起こして私の方をじっと見てきた。「こんにちは」と挨拶すると、頭の中でごちゃごちゃがあったようで、しばらくした後で「ああ、こんにちは」と向こうも挨拶を返してきた。おじいちゃんの足元には嘘みたいにつやつやしたキャベツがいくつも並んでいた。
脱法おじいちゃん
「ここってどういう畑なんですか?」

「あぁ~、ここはみんなで耕っしょる畑なんよ」

「市民農園ですか?」

 おじいちゃんの顔が微動だにしないので「市役所とか、県とか、そんな感じのところから借りている感じですか?」と聞き直した。

「う~ん・・・・」とおじいちゃんは考えている。

「ここって何円ぐらいで借りられますか?」

「いや、ほんなんはいらん」

 おじいちゃん即答。手を顔の前で素早く振る。

「えっ、タダなんですか!?」
 
 おじいちゃんは顔を斜めにしながらうなずく。

「ここってどこで許可を取るんですか?」

「いや、ほんなんもいらん」

!?

「あっ、もしかしてここ、ご自分の畑ですか」

「ちゃう。みんな勝手に耕っしょる」



 おじいちゃんはどうやら脱法的に畑をやっているのだと察した。
 フリーナッツを求めていたら、とんでもない物を発見してしまったようだ。もうオニグルミなんてどうでもよくなって、この脱法畑の方に興味が湧いた。
 

「ところでおたく、どこのひと?」とおじいちゃん。脱法者だが邪悪な感じはしなかったので正直に話すと、同じ町内に住んでいる人だと分かった。世間って狭い。

 よもやま話をして、オニグルミを探しに来たことを話すと

「あぁ~、あそこのクルミ。ワイが植えたんよ。10年ぐらい前。あんなに大きぃなるんや、全然思わんかったわ~」

 という事実を知る。手付かずの自然なんてこの世に存在しないんじゃないかって気がしてきた。他にも何たら(何かは忘れた)を植えてあって、秋になる前に収穫できるらしい。

 枝豆の種が使いきれないほどあるという話もして、話の自然な流れで

「それじゃあ、私が勝手にこの辺を耕してもいいんですか」と言ってみた。

「いや、ほんなんあかん! なに言よん、あんた!」

 おじいちゃんは目を見開き、ヤンキーを見るような顔をする。

「えっ、ここって勝手に耕してもいいんですよね?」

 おじいちゃんは蛮族に遭遇したような顔になる。本当にダメらしい。

「ええっ、ダメなんですか・・・・」

 世間知らずな調子で聞き直す(実際に知らないけど)。おじいちゃんはようやく人間を見るような顔に戻る。

「あんな、ここはみんなが耕っしょるところやけんな。ちょくちょく顔出して、空いとるところがあったら、ここ耕してもええで?、ってきいて、ほれでみんながええって言うたら、耕してみたらええわ」

 と、おじいちゃんは言った。しかし、私達は畑を見渡して、どこにも空きが無さそうなことを確認した。

「····空いてないなぁ。ほなけど、ここ年寄りばっかりやけん。ほのうち見えんようになるけん。空きが出たらな。他の人にきいて、ほんでからやったらええわ」

「はぁ、そうですか」

 その後、おじいちゃんは年寄りらしく同じ話を何度か繰り返した。飽きてきたので帰ろうと思っていると、おじいちゃんの声音が変わった。

「あっちの方な」

 おじいちゃんは畑の外側に広がっている藪を指差す。

「今度○○さん(唐突に元閣僚の苗字が出てきて、もしかして繋がりがあるのかなと邪推する)が重機入れて開拓するって言よるけん。もしかしたら空きができるかもしれんわ」

「開拓って勝手にしてもいいんですか」

「うん、広うなるけんな。まぁちょくちょく来て。他の人に声かけてみたらええわ」

「なるほど。それじゃあまた来ます」

「うん」

 たとえ脱法畑でも勝手に耕してはいけないんだなと感心した。脱法界にも掟があるのだ。人の手が入っていないオニグルミが存在しないように、何でも自由にできる場所なんて、この世には存在しないのかもしれない。でも、野性の法律を発見したのには、ちょっと感動した。自然は空白を嫌うらしいが、人間は無法を嫌うのだ。

(おわり)

※この話はたぶんフィクションであり、実際の人物、団体とは関係ありません。

雑感:脱法畑にも法律的な掟はあったわけだが、道がないというのは面白かった。国か県が通したであろう河川敷の道はあったが、脱法畑には農道的な物がなく、田んぼ20個分ぐらいの土地はびっしりと畑で埋められていた。奥の方の畑を耕しに行く時は畑を通らなければならないだろう(後日調べると市民農園には道があった)。国がなくても法律はできるが、国がなければ道はできないのかもしれない。この前NHKで千鳥のノブ(だったかな?)の父親が町議会議員になって、その時にやったのが道を作ることだった。やはり政治の本質は道を作ること? 全ての道はローマに通ず。ローマがやったことは道を作ることだった。道路もそうだし、水道もそう。道を作ったことで教科書に載っている。アレキサンダー大王がペルシャまで領土を拡大したなんてことはスペクタクル映画を見るときぐらいにしか思い出さないし、モンゴル帝国なんて元寇とヨーロッパまで迫ったことぐらいしか語られない。そういうことを考えていくと、バブル崩壊から始まって、失われた30年と言われた平成が終わり、明日から令和に改元される日本という国家がやらなければならないことは、徳島県を通っている国道55号線の車線をあと1本か2本増やすことだと確信した。平日の朝夕と土日はいつも渋滞しているから。あと高速道路をタダで走れるようにして、ガソリンと車にかかる税金も全て撤廃。欲をいえば消費税も無しで。

雑学:日本で消費税が導入されたのは平成元年4月1日

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明日新刊の『生存回路』が出ます。
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 ゴッホの手紙―絵と魂の日記 という本を読んでいる。1880年~81年の間、ゴッホは素描ばかりやっていて、弟のテオに何を書いて何を書かないのかが重要だ。みたいなことを書き送っている。ジャポニズムの影響がある頃だし、書かない場所はいかに空白を活かすか、みたいなことを考えているんだろうな、と思いつつ読み進めていくと、ゴッホは私の予想に反して、書かない場所には色彩を塗る、という考えを持っていたので、ちょっと目が開かれる思いがした(西洋人って本当に空白が嫌いなんだな)。

 途中で書き直すことはあっても、小説を書くときはスタンプラリーみたいにプロットの上を通り過ぎるようにしていたが、プロットの空白だけを書いていく方法もありそうだ。そもそも去年から今年はノートを書いて、それを以外を書くというやり方で手応えがあったし、プロットに書いてあること以外で書くというのが、どうして今まで思いつかなかったのだろうと不思議になるほどだ。

 何か新しい小説が書けるような期待がむくむくと膨らんできた。

(おわり)
dady gohho

追記:ジャポニズムの初期、日本は架空の国だと思われていたこともあるそうだ。オスカー・ワイルドもその一人。もっともそれは皮肉かもしれない。実際の日本は浮世絵通りじゃなかったはずだから。

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あさってに新刊の『生存回路』が出ます。
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 私小説に結末を着けようとするなら自殺するしかないというので、未完で終わる夏目先生の『明暗』を読んだわけで、それから『山桜』も書き終わったし、新刊告知の予約投稿も仕込み終えたので、西村賢太の動画を見つつ、一度離れた私小説にまた取りかかると、瑞々しい感覚が腕の中に通っていくような感じがして凄いのを書いているぞという高揚感があったが、3万字(←2週間で書けてしまった!)まで書いたところで一段落が着いたので、ふと読み返したらゾッとした。これはやっぱり書き続けたら死ぬような気がする。私小説なんて書いていたら頭がおかしくなるよ。日本の私小説は暗いなんて言うけれど、この前トーマス・メレというドイツ人が書いた『背後の世界 』だって、おかしい世界に一歩足を踏み入れている感があった。ポーランド人の『高い城』だって、なんか暗い。私小説なんてのは万国共通で頭がおかしくなるらしい。というわけで私の私小説は本当に未完で終えることにした。

 生きていくなら虚構を積み上げていくのがいい。それも徹底的に嘘で塗り固めるのが良いような気がしてきた。じゃあどんなのを書けばいいのかなと考えて、ふと未完が前提で書いてみてはどうかと思いついた。夏目先生は死ぬ前に「いま死んじゃ困る」と言っていたそうだから『明暗』を未完で終わらせるつもりはなかったはずだ。未完で完成。そんな小説が書けたら夏目超えをできるのではないか。と、思いつつも、じゃあそれってどんな小説と聞かれても、まだ全然思い浮かばない。未完で完成というイメージがあるだけ。でも、何か書けそうな気がしている、たぶんね。

 そんなことを考えて書いたわけではないのですが、今度出る新刊の題名は『生存回路』です。嘘というか虚構だらけの内容なのは、やっぱりこういうことを考えていたからなのかな、と思ってみたりする。というより『生存回路』を書いたから私小説が書けなくなったのかもしれない。少なくとも今はこっちが私の書く方向性だな、と感じる。『生存回路』を一言で表すなら『私の無い小説』だ。一体何を言っているのか自分でも分からないが、私という概念は牛野小雪も含んでいて、牛野小雪抜きで牛野小雪の小説が書けないかと考えている。メタファーで一個小説が書けそうだが、掛け値なしで作者不在の小説を書けないかと本気で考えている。禅問答みたいだけど、いつか誰かがそういうのを書くような気がするし、それが次の時代のスタンダードだろう。それってAIが書くのかな。それは分からないけど100年後か200年後には小説は存在していても、小説の作者は存在していない気がする。現代まで書かれてきたような小説は一部の人の趣味になるのではないか。過去からよくある突飛な未来予想かもしれないけど、今はそういうヴィジョンが見えている。

 『山桜』はヘミングウェイに倣って一年寝かせてみます。それにもう桜も散ってしまったし。
 もし出すとしたら来年の4月1日かな。内容的には秋に咲く桜の話だから9月10月でも良いんだけど。一応桜とついているしね。

(おわり)

追記:作者不在の小説は誰が書くのか。読者が書くのである。というところまでは考えているけど、じゃあどうやって読者が小説を書くのかというのは全然見えてこない。

追記2:作者が存在する小説としてjhon to the world というのをいつか書いておきたい。もう4年前から考えているけれど、これというプロットが決まらない。johnと僕という大黒柱が一本立ったままで、足場を組んでは崩すことを繰り返している。もしかすると牛野小雪では書けないのかもしれない。
自分からの逃走


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昔々、三年前に私こと牛野小雪は唐突におりーりー鳥を食べたくなり、助手でバイトのニア・タスマ君と一緒にノルウェイの森まで飛んだ。これはその時の一幕である。

バイト14
おい、牛野。倍額のバイト代を払うって言うからノルウェイまで来たっていうのに全然見つからねえぞ
usino
もうじき見つかりますよ。ほら、さっきから鳴き声が聞こえてる。

おりーりー、おりーりー

バイト1
あのさぁ、お前の言葉も、おりーりー、も聞き飽きたんだよ
もうじき、もうじき、もう何度目だよ。さっきからそればっかりだぜ。
usino
本当にもうじきです。鳴き声はさっきより大きくなっているから近付いているはずです。
バイト13
なんだかよぉ、気味が悪いぜ。この森。
鳴き声に近付くほど不気味な石像がいっぱい転がっているんだが、こりゃ何だ?
usino
おりーりー鳥を追い求め、途中で挫折した冒険者達の成れの果てです。
彼らは絶望のあまり石像となったのです。
バイト3
げっ、こんな群像が立ち並ぶ場所なんて早く離れようぜ
usino
そうもいかないんです。
彼らの先におりーりー鳥がいるのです。
バイト13
でもよぉ、そもそもおりーりー鳥って、どんな鳥なんだ?
usino
それは私も知らないんですよ
バイト11
図鑑とかあるだろ
usino
図鑑もないんです。あるだろうとは言われていますが
バイト15
てめぇ、騙したな!
存在しないもんを探し歩かせてどういうつもりだ。
とらば~ゆしちまうぞ!
usino
いえ、おりーりー鳥は存在するんです。
バイト1
さっきは知らねえって言っただろ
usino
モーリス・メーテルリンクという人がおりーりー鳥の近縁種を見つけたのだとか。
彼によると青い鳥だそうですよ
バイト11
そのメーテルって人がノルウェイの森で青い鳥を見つけたのか?
usino
いや、たしかベルギーの人だったような気がする
バイト15
じゃあ、なんでノルウェイまで来てんだよ
usino
ノルウェイの先っぽがベルギーを指しているから、かな?
バイト14
お前、それが言いたかっただけだろ?
その論でいくと、おりーりー鳥ってのはフィンランドから放出されたんだろうぜ、きっと。
usino
ま、まぁ、そういうネタは置いといて・・・・
でも、おりーりー鳥は存在するんですよ、ほら

おりーりー、おりーりー

バイト11
聞こえてるよ。でも音が大きくなるばかりでちっとも姿が見えねえぞ。
usino
聞こえているということは存在するということです。
あきらめずに鳴き声のする方へ進みましょう。
バイト4
俺の予感はこう言ってるぜ。
ヴォイスの出所には無限に近付けるけど、永遠に辿り着けないってな
このまま永遠に追い続けて群像の仲間入りはごめんだぜ
usino
まぁ、そんなこと言わずに。
ここまで来たんだから
バイト1
おりーりー鳥取りなんかやめて、ホテルカリフォルニアでも行こうぜ
ここからなら日本より近い
usino
チェックアウトできないからダメ。
バイト4
へぇへぇ、ついていきますよ。
しょせん雇われの身ですからねぇ。
バイト13
ところでよぉ。さっき言ってたメーテルっていう人は青い鳥をどこで見つけたんだ?
usino
たしか、長い旅から帰ってきたら、家の中で見つけたとか何とか・・・・
バイト14
おい、牛野。俺達も家に帰れば見つけられるんじゃねえか?
usino
なるほど
バイト16
こんな湿っぽい森なんか抜けて、さっさと帰ろうぜ!


それから3時間が経った・・・・・


バイト12
おい、牛野。さっきから同じとこ歩いてるぞ!
usino
そ、そうなんだ
バイト11
あと10日で令和になるのに、昭和ギャグ言ってんじゃねえぞ!
usino
しょうわひどいこと言わないで
バイト12
俺が呆れてあきらめると思ったか?
ゆるさねえぞ。日本に帰ったら労基に訴えるからな
usino
がび~ん
バイト3
・・・・ダメだ、こいつ。もう脳に栄養が回っていない。
早く何とかしないと、退行現象が始まっているぞ
バイト14
おっ、そうだ
バイト16
おい、牛野。
万が一のために衛星電話持ってきてただろ。
それで救助を呼べ!
usino
OK牧場
バイト11
ギャグはいいから早くかけろよ

ピ、ポ、パ
ノルウェイの人
はい、もしもし。
こちらノルウェイの森警察ですが?
usino
あの~、道を聞きたいんですが
ノルウェイの人
遭難ですか?
救助の要請ですね。
usino
そうなんだ
ノルウェイの人
はい、承りました。
それではあなたの現在位置を教えてください。
usino
へっ?
ノルウェイの人
これから救助に向かいますから
あなたが今どこにいるのか教えてください
usino
どこにいるのだ?
ノルウェイの人
は?
usino
僕は今どこにいるのだ?
僕は受話器を持ったまま顔を上げ、森の中をぐるっと見回してみた。
でもそこがどこなのか僕には分からなかった。見当もつかなかった。
いったいここはどこなんだ?
ノルウェイの人
やれやれ、そこはノルウェイの森です。
それ以外に何だって言うんですか。
こちらで把握している発信地に向かいますから、我々が到着するまで動かないでください。
バイト14
おい、どうなったんだ
usino
救助に来てくれるっぽい
バイト6
ふぅ、一時はどうなるかと思ったが無事に帰れそうだな

おりーりー、おりーりー

それから二週間後、私達は無事救助された。
日本の我が家に帰ってきても青い鳥はもちろん、おりーりー鳥も見つからなかった。
私達はおりーりー鳥を捕まえられず、鳴き声の辺縁を歩き回っていただけに過ぎない。
そこにあったのは絶望した冒険者達の石像が転がっていただけだ。
もしかすると私もあの群像の一員に加わっていたのかもしれない。
何だかむしゃくしゃした。ローソンのバスク風チーズケーキを食べた。美味しかった。
もうこれがおりーりー鳥ってことにしよう。
おりーりー鳥は私の胸の下にある。
読んだ

町一番の娼婦、
その娼婦に手紙を送ろうとする僕、
その僕の働くお客の寄り付かないコンビニ。

退勤したところを見たことのない店長、
キリストの恰好をしている店長の父親、
過払いの吸血鬼。

アイスクリーム男爵、
コンビニの面接に来た天使、
etc,etc...

伊藤なむあひが送る、愛すべきキャラクターたちが織り成すポップノヴェル!
バイト9
こんなインターネットより、この本を読む方がよっぽどマシだと思うぜ
usino
しょうわひどいこと言わないで
バイト8
おい、まだ脳が栄養失調なのか?
もうお前とはやっとれいわ

(おわり)

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 3月末から書き始めた短編を書き終えた。すんごい着想を得て、表紙まで書けている。とはいえ、すぐに出すつもりはない。新刊のテコ入れにしようと思っている。でもこういうのって先に小さな物を出してから本命を出すのか、それとも本命を出した後でテコ入れにした方がいいのか、どっちが良いんだろう。何となく前者だと思っているんだけど分からないな。

 season3からは、ちょっと新しい試みをしようと思っている。『聖者の行進』の時はグーグルフォームでアンケートを募ったけれど、あの仕組みを利用をして選択式10問で100点満点のテストを作っている。それで、100点取れた! 俺90点! 私0点なんだけど・・・・みたいな感じで盛り上がれないかな、と考えている。

 残念ながらグーグルフォームには拡散機能がないので、構想通りのことはできないんだけど、まぁ、手始めにということ。最終的には牛野小雪の小説をネタにして読者がソーシャルで盛り上がれる仕組みが作れたら良いなと思っている。読書は孤独な行為というけれど、みんなでワイワイしながら読めるようにできないかな。イメージは頭の中にある。

 プログラマ雇うのって何万円必要なんだろうか? 自分で勉強して作る方がいいかな。一番良いのはグーグルに要望を出して作ってもらうことだけど。うん、それが一番良いような気がしてきた。

(おわり)
please googleman
追記:ちょっと頼んでみました。今のところ返事なし。

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 ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』という小説がある。映画にもなっている。『オン・ザ・ロード』の結末は、メキシコで分かれたディーンの噂を聞きつけたサルがニューヨークの路地を探し回り、ボロボロになったディーンを見つける。あんまりにひどいんで涙が出そうになる。ディーンは最初サルだと分からなくて物乞いをするんだけど、途中でサルだと気付いて今のはジョークだと恥ずかしがる。気まずい沈黙の中、海岸へ行こうとなり、お互いにどうしているのか話し合って、二人の距離がもう二度と交わらないほど離れてしまっていてサルは寂しくなる。でも、サルはディーンに「西部へ行こう」と言う。絶対に辿り着けないと確信しているけれど、そう言わざるを得なくなる。ディーンは「いつ?」と目を大きくする。「今から」「そうこなくっちゃ」ディーンが缶ビールを一気飲みする。それが致命的な一撃になってディーンの心臓が止まる。それでなんだかんだあって、最後はサルがディーン・モリアーティのことを思い出しているところで終わる。

『オン・ザ・ロード』を憶えている人なら、これが間違いだと分かるだろう。でも、つい最近までこういう終わり方だと思い込んでいた。それで映画の方を見たら全然結末が違っていて(監督の勝手なクリエイティブなんかいらないんだよ!)と憤って、むしゃくしゃして小説の方を読むと、映画と同じ終わり方だったのでビックリした。もしかして世界線変わってない?

 誰もが知っている○○の結末は意外とみんな知らない。というのをTVでやっている。私も分からないやつが結構ある。結末は大事なものだと言われているが、案外みんな忘れてしまっている。というより別のストーリを作り上げてしまっている。それじゃあ最後なんか、もうめちゃくちゃになって、どうしようもないエンドでもいいんじゃないかって気がするけれど、そこまで強気になれなくて悩んでいる。

 もちろん冒頭も悩む。小説の冒頭を集めた本があるぐらい冒頭は大事だと言われている。でも『妄想の戦争の話をしよう』は”ウンコ爆弾が戦争の始まりだった”で始まる。その次は濃縮ウンコが出てくる。こんな汚い始まり方で良いんだろうかと最初は不安だったが、何度も、うんこ、うんこ、の文字列を読んでいると、本来の意味のうんこから意味が離脱して、うんこという純粋な三文字の存在になってくるから、うんこ? ふ~ん。ぐらいの気持ちになる。感覚マヒしている?

 しかし、ノートや雑感帳をつけなければ、わりと分かりやすい話になるんだなと思った。短編だから、さっと書けてしまったんだろうか。もうひとひねり欲しいけれど、短編でも冗長さがあるって言われたから、むしろこれぐらいが良かったりして。


 余談だが、王木さんのnoteに小説が掲載されているのを呼んでびっくりした。

 サインカーブに浮かぶ日①|王木亡一朗 / note 
 https://note.mu/oukibouichirou/n/n3d5672b8b00a
 
 前もnoteに掲載していたレモン/グラスにびっくりしたが、あれ以来の衝撃。考えてみればもう3年前で、そりゃ新しいものを書いてくるなぁ、もう3年も前かぁ、と色々考えた。去年から新しい小説を書くんだ、と意気込んでいるが、そんなことを考えているのは私1人じゃない。いいね、いいね、わくわくする。この小説か、この次が、たぶんめっちゃくちゃ凄いのになる。間違いない。っていうか、もうすでにめちゃなやつを書いていて懐に隠し持っていると予想している。

 あ、そうだ。質問箱で、最近書いていないんだけど、どうしたんですか、と聞かれて、どうやらtwitterは見ていてもブログは見ていない人がいるのだと知った。基本的に情報発信はブログメインでtwitterは記事更新と読んだ本のツイートぐらいにしか使っていないんだけど(読んだ本を最近つぶやいているのはtwitter放置問題の解決のため。質問箱もそう)、twitterだけで完結するような情報発信も考えた方がいいのかも。

とはいえkindleでもう一年以上出版していないのも事実。今年はきっと出しますよ。凄いのが出ます。

どれくらい凄いかというと、これぐらい↓

すごいkindle

というわけで、今年の牛野小雪は要チェックです。よろしくお願いします。

(おわり)

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 小説を書き上げる度に、もう二度と小説なんて書けないと思うけれど、しばらくするとまた執筆パワーが湧いてくるのはいつものこと。

 そろそろ『John to the world』を書いてみてはどうだと、ノートにちらちらと書いてみた。3年前からノートを書いているが、小説一個書くたびに自分の中の小説感が変わるので、いまいち最後まで突き切れない。去年は冒頭だけ書いてみたが今となってはボツ案になってしまった。もうずっとこの小説から逃げ続けている。

 逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメなんだ・・・・

 なんて、自分を追い込んでいると、また別の小説の案がぽこんと降ってきた。仮題は『妄想の戦争の話をしよう』。ティム・オブライエンは関係ない。戦争の話だけど妄想の話。冒頭は”これは本当の話である。”で始まる。そして戦争がウンコ爆弾(赤ちゃんのオムツではない)で始まる。

 今回は二年前みたいに小説を書く日は小説だけを書いてみた。すると1日4000字書けて、やっぱり『山桜』がなかなか進まなかったのは筆力が落ちたのではなく、執筆スタイルが違うからだと再認識できた。このペースだと来週には推敲まで終わっているかもしれない。今日のブログ記事のタイトルがいつもみたいに”書いてみよう”ではなく”書こう”なのは、それぐらい書ける確信があるから。

 軽いノリで書いているとはいえ、週に1万字以上小説が進むと気持ち良い。もしかするとあの書き方って間違っているのかなぁ。まぁこのノリで長編を書けるとは思えないけど。

 なんかこう、芯の入ったスタイルってのを会得したいなぁ。

(おわり)

100-200 ウンコ爆弾

先に行く↓
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100-200 ウンコ爆弾 5
(本当のおわり)
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