3年前に群像新人文学賞に送ったことがある。その年は例年になく予選突破者がいたらしいのだが、私は箸にも棒にも引っかからなかった。電話番号を送り忘れたから一行も読まれずに落とされたのだと今でも思っている。というかそうであって欲しい。小説以外の部分で落とされたという方が自分が慰められるから。

 前回はこういうのを書けばいいんだろうという気持ちで書いたから、今度は逆に忖度しないで書くことにした。そうしたら本当に通りそうにない物ができたんだけど、落とせるものなら落としてみろという気持ちもある。締め切りまで時間はあるけど、今回はこれを思いっきりぶつけてみよう。

 今回意識したのは自由さだ。小説はどんな物でも書いていい。現実では手から落とした石は地面に落ちるが、小説では空に落ちてもいいし、壁が喋ったり、5+3が10の世界を書いてもいいのだとある時に気付いた。現実を追認するのではなく、現実にとらわれない小説。リアリティだとか、社会性だとか、時代をえぐるとか、究極的には文学的とか、そんなことからも離れた小説。間違いを踏み抜く気持ちで飛んでみよう。

(おわり 2018年8月8日 牛野小雪 記)

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 最近ブログの更新をしていないが実は6月11日から群像新人賞のリベンジに出すかもしれない小説をずっと書いていた。

 自分の中ではseason3の位置付けになるわけだし、今までと違う書き方をしようとして、書かない日を増やしてみることにした。理由はとても単純で、書かない日の次の日はどうもよく書けるような気がしていたからだ。→本当のピークはたった数日 執筆サイクルについて

6月11日からノートを書き始めて6月25日から執筆を始めた。執筆とは簡単に言えば小説の文章を書くこと。ノートを書くのも執筆の内に入るんだけど、いまいち『執筆』という感じがしない。何かいい言葉はないものだろうか。執筆は7月31日に終わった。35日で6万字。

 以下のグラフは執筆総字数の推移と、毎日の執筆字数のグラフ。
そう字数
字数
 今回は5日書いて2日書かないという体制で書いてみた。下のグラフで定期的に底を着いているのはそのため。
 
 1日書かないというのは以前試したことがあるが今回は2日もした。1日目はこういうものだろうと平気だったが、2日目はもしかしたらもう書けないんじゃないかと不安になって、危うく書いてしまいそうになることがあった。

 グラフを見ると執筆期の1日目は調子の良いことが分かる。1日目はいつも書けないんじゃないかと不安だったが手応えはあった。数字にもそれは出ていて、1日目の平均字数は3122、2日目は2863、3日目は2366、4日目は2514、5日目は2679となっている。1日目は明らかに書けていて、2日目もそこそこ、3日目以降は横並びという感じ。でも平均値なので、日々の字数で見ると書けたり書けなかったりしている。平均字数では3日目が一番悪いが、一日の最低字数を記録しているのは五日目で、二番目に悪いのは4日目だ。執筆期間が長ければ五日目が一番悪くなっていたかもしれない。

 手応えとしては断然に1日目が良かった。最後のところは1日目に書こうという気になるぐらい違いがあった。たぶん書かない日を作った方が執筆は良くなる。

 私が驚いたのは35日の執筆で一度も書けなかった日がないということだ。調子のいい時でも一ヶ月に3日か5日ぐらいは0字の日がある。書かない日はもちろん0字なのだが、書こうとした日に0字がないというのは初めてだ。

 今回の執筆はめちゃくちゃ書けたという日はないのだが、全然書けなかった日はなくて結果的に35日で6万字も書けた。執筆した日だけで見れば25日で6万字で今までないぐらいペースで書けている計算になる。

 前から薄々気付いていたが、やはり書かない日を増やすとたくさん書けるようになる。しかし車のギアを3速までしか使っていない気分がした。推敲していても、よく書けているようには思うが、深くて熱いところに潜ったという感じがない。山あり谷ありの執筆の壁にぶつかるような執筆じゃなかったからそう感じるのだろうか。
 
(おわり 2018年8月6日 牛野小雪 記)

『暴っちゃん』で味をしめたのか今度は芥川龍之介の『羅生門』をパロッた小説。

キモ金おじさん(元イケメンという設定だが)が主人公で、原作と同じように悪に身を落とそうかどうか煩悶しているということ(既に小悪党だけど)を下敷きにしているのだが、ここでもう少し踏み込んで悪に身を染めても救われないところまで書いている。羅生門ではまだ他に着物はあるし、老婆の抜いた髪もあるのに下人は老婆の着物だけを奪い、裸娼門ではギャルの下着や体がその辺に転がっているのにオッサンは老婆の下着だけを奪う。悪で身を立てるなら、もっと大きな収穫がすぐそばにあるのに小悪を犯しただけで舞台から消えてしまうのだ。ゆえに羅生門では下人の行方は知れないし、裸娼門でもオッサンは行方知らずとなってしまう。

ところどころにネットのネタが散見されて、最後は正義パンチの論考になるのだが、ここを中心のテーマに持ってくるとパロディ小説として一歩踏み込んだ内容となったのに、と書いている途中で、ふと下人もオッサンも最終的には悪に身を染めたのではなく、ただ単に老婆への正義パンチをかましただけではないかという疑念が湧いた。そして正義パンチをかましても老婆は生きているし、下人とオッサンは消える。

正義パンチは全方位へ向けられている。それは自分の心にも。自分で自分に正義パンチをすることによって、下人とオッサンは自分の中にある悪を消すのだが、それによって彼らは悪に身を染めても生き抜くという選択肢を潰してしまう。そう考えると『老婆はお前で、お前は老婆』という言葉が意味を持ってくる。老婆を否定するということは己の死に繋がっているのだ。

下人は羅生門を登り、オッサンは居酒屋のビルを見上げたように、悪の舞台は彼らより高い場所にある。悪は彼らより上回っていることが示されているのだが彼らは下界へ下りて老婆は最後まで上界に残っている。一見悪に染まったような下人とオッサンだが悪をぶん殴って正義に殉じていくようでもある。悪は命よりも上だが、それなら正義の下界で死ぬ方が良いという心意気だ。

この小説は単なる『羅生門』パロディ小説ではなく新しい解釈を提示した啓蒙小説だと言えるだろう。原作と同じように短い小説なので興味があればさっと読むのがおすすめ。


裸娼門
芥川龍之助平
2018-07-12
 昨今「正義とは何か」という論争が飛び交う中、本当の意味での正義を若者に考えさせる助平文学の原点として注目される予定であり、高校国語教科書に採用されるカオスな未来も遠からず予想される。

 物語の冒頭に材木にする丸太が使い果たされて、打ち捨てられたホートンズ・ベイという町の描写から始まる。ニックとマージョリーはそのホートンズ・ベイのそばにある湖をボートで釣りをしている。題名にある通り二人は別れようとしているのだ。

 
 別れる理由ははっきりしないがマージョリーがニックの何もかも知っていることだと示唆されている。始めもニックはマージョリーの知らないことを色々教えて、それを彼女が面白がっているのが嬉しかったのだろうが、どんどんネタ切れしてきて苦しくなったのではないだろうか。

 

 倦怠期の男女がそのまま別れるような短編だが、もう少しひねって読んでみるとマージョリーはニックのことを何でも知っているのに、ニックがマージョリーについて知っているのは彼女が何もかも知っているということだけに気付く。それ以外にマージョリーはどういう人間なのかは窺い知れない。

 

 実はマージョリーはどんな人間でもなく中身のない空っぽの女なのかもしれない。彼女の人となりを表す一文として“彼女は釣りが大好きなのだ。という文章が出てくるが、その後に“ニックと一緒に釣るのが大好きだった。”と付け加えられている。そういうことを意識して読んでいくとマージョリーの言うことなすことの中心にいつもニックがあるような気がしてくる。ニックありきの彼女に最初は面白かったのかもしれないが段々嫌気が差してくるというのはよくある話だ。

 

ホートンズ・ベイがニックとマージョリーの比喩だとするなら、10年前に丸太が使い果たされた打ち捨てられたホートンズ・ベイだが今は二番生え、つまり一度切られた木が伸びていることが書かれている。収穫する価値がないのか、収穫する術がないのかは分からないが収穫できる何かはあるのだ。

 

 最後の最後にビルという人物がやってきてニックにマージョリーと別れたか聞くのだがニックは不機嫌に彼を跳ね返す。そういうところを見るとニックにとって不本意な別れだったのかもしれない。でも今の彼にはそうするしかなかったのだろう。

(2018年7月1日 牛野小雪 記)


 昔々、稲見の庄という村に伝わる伝承である。

 ある夫婦が人目につかぬよう山の奥へ入り、沼の前に立った。妻の胸元には赤子が抱かれている。夫婦は着物の帯で赤子に石を撒きつけると沼に落とした。夫婦は後ろめたい気持ちから逃げるように沼から立ち去った。

 石を巻き付けていたので赤子は見る見る沼の底へ沈んでいった。その様子を沼の底に棲む竜がじっと見上げていた。赤子が沼の底まで落ちてくると竜は赤子を口の中に飲み込んだ。

 夫婦が赤子を山奥の沼に捨てた翌日から赤子を抱いた見目麗しい女が山から下りてくるようになった。

 女は麓にある村の各家の戸を叩いては乳が出る女はいないかと尋ねた。ある女がなぜ自分の乳を与えないのかと問うと、女は着物の前を開いて、乳房のない平らな胸を露わにした。乳首さえないので、これはきっと通常の者ではないと村の者達は妖しんだが、乳を吸わせた礼として女は反物や宝物を置いていったので喜んで乳を吸わせる家も多かった。

 赤子は乳を吸いながら大きくなり、ある時から竜丸(たつまる)と名乗るようになった。竜丸が言葉を話すようになると村の者達は母親は何者なのかと尋ねたが、竜丸は母は母だとしか答えなかった。またある者は二人は山でどういう暮らしをしているのかと尋ねたが、それを口にすると空が割れて村が水の底に沈むので決して話すことはできないと竜丸は答えた。まさかそんなはずはあるまいと村人は思ったが、竜丸の口ぶりが奇妙なほど確信に満ちていたので、それ以上問い詰めなかった。

 竜丸は村の子ども達と遊ぶようになった。妖しげな親子と関わることを危ぶんだ親は多かったが、竜丸の母親は竜丸と一緒に遊んだ子どもに菓子を与えたので、親の目を盗んででも竜丸と遊びたがる子どもまでいた。

 竜丸はさらに大きくなり、村で畑の手伝いをするようになった。大きくなってからは一人で下りてきたが、母親が下りてくる時もあった。母親は竜丸が赤子の頃とまったく同じ容姿であり、やはりこの世の者とは思えないが、竜丸にゆかりのある者に対しては大層な礼を置いていくので、悪い者でもないと言う村人も多かった。

 ある時、大きな戦が起こり稲見の庄からも人を出さなければならなくなった。誰を戦に出すのか村人が話し合っていると、山から立派な騎馬武者が一騎下りてきた。それは鎧に身を包んだ竜丸であった。竜丸の後ろには牛車が引かれており数人分の刀、槍、弓、矢、鎧兜が積まれていた。どれも黒光りして金綺羅の飾りが付いた立派な物である。竜丸が郎党になり戦へ加わる者を募ると、血気盛んな若者達が加わった。

 竜丸達は戦に加わった。竜丸の馬は口から泡を吹くほど凄まじい気性であったが竜丸の手綱には素直に従った。また竜丸に向かって飛んできた矢は何故か鎧兜の寸前で脇に逸れた。また竜丸の弓が放った矢は盾を割り、大鎧を泥のように貫いた。

 そのような働きだったので竜丸方の軍勢は戦に勝った。侍大将の覚えも良く、竜丸は恩賞として稲見の庄の良田を十町拝領した。(一反の十倍が一町。一反で一石。つまり一人分の米が取れたそうな。ちなみに現代は技術が発展して一反から4~5人分の米が採れるのだとか。)

 竜丸が拝領した田畑の隣には地侍である稲田家の田畑があった。稲田家には稲姫という年頃の娘がいて、日頃顔を合わせることもあり、いつしか竜丸と否姫は心を通い合わせるようになった。

 二人が将来を誓い合うと、竜丸は稲姫との婚姻を許してもらうために山へ上り、母親に会い行った。竜丸の母親は沼の底でとぐろを巻いていて、沼の縁に立った竜丸をぬっと見上げた。竜丸の母親の正体は沼に棲む竜であった。

 竜丸は母親に稲姫との婚姻が許されるものであると思っていたが、竜は水面に浮かび上がると牙が生え揃った口を露わにして稲姫との婚姻を許さなかった。それでも竜丸が食い下がると母親は言った。

「おのれ、竜丸。赤子の頃よりお前を口の中で大事に育てた母の恩を忘れたか。お前はいずれ都へ上り位人臣を極める者であるものを地侍の娘ごときを娶りたいとは恥を知れ」

 それでも竜丸が稲姫との婚姻をあきらめないでいると竜は激しい水音を立てて沼の底に沈み、尖った光を放つ目で竜丸を見上げた。

 その日は雲一つない快晴であったが、夜になるとやにわに雷が鳴るほどの大雨が降った。雨は勢いを弱めることなく三日も降り続け、低い土地にある田畑が水の底に沈んだ。それでも雨は降り続け家でさえ飲み込まれそうになった。竜丸は母の怒りが雨を降らせたのだと悟り、慌てて山を駆け上り、母の棲む沼へ行った。

 不思議と山に入ってからは雨が止み、沼の辺りは地面が乾いていた。竜丸は稲姫との婚姻をあきらめるので雨を止めて欲しいと頼んだ。すると麓にあった雲が風で吹き払われたように消えて、辺りは雲一つないほど晴れ渡った。

 しかし、竜丸は稲姫との婚姻をあきらめなかった。竜丸はしばらく待つようにと稲姫に言い含めて、拝領した土地の運営にいそしんだ。竜丸の田は元々良田ではあったが水が絶えることはなく稲妻がよく落ちることもあり豊作となった。

 春になる前に竜丸はまた山を上り、母の棲む沼へ行くと、稲姫との婚姻の許しを請うた。竜は怒り沼の底に沈むと麓に雨を降らせた。雨は三日を超えて十日降り続いた。しかし、雨は堰に貯まり、田畑を飲み込まなかった。母の怒りが雨を降らせることを知っていたので、竜丸は雨水を貯められるように堰を作っておいた。

 雨は一ヶ月も降り続いた。それでも堰は壊れず雨を貯め続けた。

 やがて雨の勢いが弱くなり、雲間から日の光が差し込むようになった。

 竜丸が山を上り沼へ行くと、沼の水は底が見えるまで干上がり、竜のうろこが割れて血が噴出し、その血でさえ固まるほど乾いていた。

 竜丸は雨を降らせ続けると母親が死ぬであろうことを予感して、雨を止ませることを頼んだ。母親は稲姫との婚姻をあきらめるようにと頼んだ。しかし竜丸はあきらめると言わなかったので、母親は雨を止ませる代わりに沼に水を返すように頼んだ。

 竜丸は堰に貯まった水を桶に汲んで沼に運んだ。沼に水が貯まり始めると雨は止んだ。

 竜は竜丸に稲姫との婚姻を許すので、息子の妻になる娘の姿を見せて欲しいと頼んだ。母の正体が稲姫に知られてしまうがいいのかと竜丸が問うと、息子の妻になる者に正体を明かさないのは情けがないと竜は言った。

 竜丸は村へ戻ると稲姫に会い、母親と会ってくれるようにと頼んだ。母親が沼に棲む竜であることも告げた。竜と聞いて稲姫はたじろいだが、竜丸の母でもあるので、会わないのも角が立つので会いに行くことにした。

 竜丸と稲姫が竜の住処へ行くと、沼の水はすっかり元に戻っていた。

 竜丸は稲姫を連れてきたことを告げると、竜は稲姫の姿がよく見えるように沼の縁に立つようにと言った。竜丸は稲姫を促して沼の縁に立たせた。稲姫が沼の底を覗くと金色のうろこを持った竜がとぐろを巻いていた。

 尖った光を放つ目が稲姫の姿をとらえると、竜はすぐさま水面に飛び上がり、稲姫の左目をくりぬいて、自分の目を抜き取ってはめこんだ。あっと声をあげる間もない出来事で、竜丸も稲姫も一瞬何が起きたか分からぬほどであった。稲姫は左目から血が流していたが、不思議と痛みはなく、目も見えるようだった。しかし左目は竜の目と同じ尖った光を放っていた。

 そのあと竜丸と稲姫は結ばれて子宝にも恵まれた。領地の田畑も豊作が続いた。竜丸は都に上り位人臣を極めることはなかったが、稲見の庄をよく治めて立派な領主となった。これも竜のおかげと、竜丸と稲姫はことあるごとに竜の元を訪れたが、片目の竜は沼の底からじっと二人を見上げるだけであった。

 それから何百年も経った。稲見の庄が大きな災害に見舞われないのは山の沼に棲む竜が竜丸の子孫を見守っているからだと言われている。

(おわり)


 馬鹿な連中に囲まれているとこっちまでおかしくなりそうだ。今日もグロブターがブタ小屋でブタ達を扇動をしている。心酔している深さに違いはあるがブタ小屋のブタ全てがグロブターに心酔している。

「僕達は人間に愛されている。今日もエサをくれ、ブタ小屋の掃除をしてくれる人間に感謝しよう!」

 取り巻きのブタ達がブヒィブヒィと賛同の鳴き声を上げる。けっ、馬鹿かよ、こいつら。どいつもこいつも脳なしのブタ野郎だ。肥えることしか考えちゃいない。どうして人間共が俺達にエサを与えて、ウンコの後片付けをして、新しい藁を敷いてくれるんだ。きっと何か裏があるに違いない。俺は騙されないぞ。なんてことをグロブターに言ったことがある。すると奴は言った。

「カシコブター、君は間違っているよ」

 カシコブターとは俺のことだ。

「カシコブター、君は愛を信じられないブタだ。あわれみさえ感じる。愛を信じられないブタは幸せになれないだろう」

「幸せって何だ。バカになるってことか。あんたの取り巻き達は幸せそうだ。あんたは一番幸せそうだ。それは認めるよ。でも俺はごまかされたくない。どうして人間は俺達を肥え太らせるんだ」

「単純な理由さ。彼らは僕達に幸せになってほしいんだ。エサをたらふく食べて、綺麗な藁の上で寝て、天気の良い日は牧場で散歩もする。何の不満もないじゃないか」

「だから、どうして人間はブタに幸せになって欲しいんだよ」

「それはLOVE、愛だよ」

「愛ってなんだよ、クソッ。俺達が幸せになって人間に何の得があるんだ。理屈が合わないぞ」

「愛ってのはさぁ、理屈じゃないんだよ。損得じゃないんだな。こう、なんていうのかな。心の底から湧きあがるエモーションってのが体を突き動かすんだよ」

「ごまかすんじゃねえぞ、グロブター!」

 体の底からエモーションが湧き起こってきて俺はグロブターの横っ腹に突進した。

「さあっ、来い。君の気持ちを全て受け止めてやるっ!」

 地面に転がったグロブターは叫んだ。

 まったく。こいつらは頭がおかしい。右の腹を突かれれば左の腹を突き出せという教条を説いているんだからさ。その総本山のグロブターに至っては、ごろんと腹を上に向けて俺の突進を待ち受けてやがる。うっとりした目で俺を見つめやがってさ。本気で待ち受けているんだよ。キモ過ぎて俺は突進する気をなくした。

「待て、カシコブター。何故いつもそこでエモーションを抑えてしまうんだ。何故そんなに恐がる。僕は君の全てを受け止めるつもりだったのに」

 突進をやめた俺にグロブターがすり寄ってくる。

「てめえ、頭が腐ってるんじゃないか。変態野郎め。俺に近付くんじゃねえ!」

 俺がそう言うとグロブターはすっと身を引いた。奴の良いところはしつこくないところだ。取り巻きのブタ共はこの後熱心に愛を説きやがるから、横っ腹を突き上げて、地面に転がしてやるんだが、その時の奴らはあわれっぽくキィキィ鳴きやがるから、さらに突き上げてブタ小屋の隅まで転がしてやるのが恒例だった。

 人間がブタ達をいかに愛しているかの演説は終日行われる。グロブターが別のブタ達を集めて高い声で叫んでいた。

「今日までの日を思い返してみるがいい。人間達は一日もかかすことなく我々ブタ達を幸せにしている。日々証拠は積み上がり、疑う余地はない。絶え間なく続く愛が我々に注がれているし、これからもそれは続くだろう」

「肥えたブタはトラックに乗せられてどこへ行く?」と俺は言った。

「幸せになったブタ達はもっと幸せな場所へ行く」

「不幸なブタは?」

「不幸な場所へ連れて行かれる。何故なら人間達はブタを幸せにするために日夜我々に愛を注いでいるというのに、それをないがしろにするブタは人間に対する裏切りをしている」

 肥え太ったブタはいつも白いトラックに乗せられて、どこかへ連れて行かれる。病気になったり、ひどい怪我をしたり、いつまで経ってもやせ細ったブタは暗い顔をした人間達にどこかへ連れて行かれる。グロブター達は何故か白いトラックに乗せられたブタ達はここよりも幸せな場所へ行くと信じている。否定はできない。何故ならどこへ行くのかは誰にも分からないのだから。それじゃあ暗い顔の人間達に連れて行かれるブタも幸せな場所に行くとは何故言えないのか。不幸なブタは不幸な場所へ行き、幸せなブタは幸せな場所へ行く? 理屈が通っているような気がして信じてしまいそうになる瞬間が一日に何度もある。でも俺は騙されない。人間達は俺達を肥え太らせて、何かをしようとしている。

「カシコブター、君は考えすぎているんだ。どうして人間の愛を信じることができない。このままでは君は不幸なブタとなり、不幸な場所へ連れて行かれてしまうぞ」

「不幸なブタが幸せになってもいいだろ?」

「もちろんだ。君も幸せになっていいんだ。いや、なるべきなんだよ」

「本当に愛を信じられたら幸せになれるんだろうな。それは疑っていないんだよ。お前も、お前に心酔したブタ達も本当に幸せそうだ。それに人間のブタ達に対する愛ってのも俺は疑っていない。たぶん人間は俺達ブタを本当に愛している。でも俺は幸せの先に何があるのか分からないのが気に入らないのさ」

「幸せの先には幸せがあるのさ、永遠に」

「永遠の先は?」

「永遠に終わりはない。いつまでも幸せが続く」

「俺には信じられない」

「今日までの日を思い返してみるといい。人間達は絶え間無くブタを愛してきた。それと同じことがずっと続くんだよ。それとも君は何か別のことがあると言いたいのか」

「そんなことは分からねえよ。分からないことが分かっているだけだ。もしかしたらお前の言う通り永遠の幸せが続くのかもしれない」

 しかし俺はブタ小屋の柵を飛び越えていた。

「カシコブター、何をしているんだ。もう一度柵を飛越えて戻ってこい。君は幸せから離れようとしているんだぞ」

 本当に俺は何をしているんだろうな。でも、こうなんていうのかな。体の底から湧きあがってくるエモーションが俺に柵を飛び越えさせた。俺はきっと幸せにはなれないだろうけれど、幸せとは違う何かを求めているんだろう。

「じゃあな、グロブター。俺は幸せなお前が嫌いじゃなかったぜ。でも俺はブタ小屋を出ていく」

「カシコブター、ブタ小屋を出て幸せになれると思うのか」

「全てのブタが幸せにならなきゃいけないってわけでもないだろう」

「戻ってこ~い、カシコブタ~! どうしてお前は自分を不幸にするんだ~!」

 グロブターの叫びはブタ小屋を出てからもずっと続いた。牧場の柵を飛越え、山に入ると冷えた静寂が俺の体を包んだ。



 この後カシコブターは暗い森をさまよい続けて野垂れ死んだ。幸せなブタ達は出荷されてトンカツになった。グロブターは牧場主に気に入られて、死ぬまで幸せに牧場で暮らした。

 今日もブタ小屋は幸せなブタで満ちている。


(おわり)
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 人類の滅亡はFOXTVのドラマみたいに劇的ではない。最初に起こったのは大規模な停電の続発、スマホのバッテリーが切れると情報の断絶、そこからは何も分からなくなった。異常事態に誰もがパニックになり、生き残れたのは運の良い奴か、始めからずる賢く立ち回った奴らだった。

 FOXTVのドラマみたいなことが一つだけある。それは世界がゾンビに満たされたってこと。俺達にとって幸運だったのは最近流行の走るゾンビじゃなくて、古典的な動きののろい奴だったことだ。でもこれまたドラマみたいにいかないことがあって、奴らは頭をナイフで刺したり、銃で撃ったりしても動きが止まらない。脳幹をしっかり破壊しないと動き続ける。リアリティありすぎ、いや、これはリアルか。

 俺は初瀬明生という男と一緒に逃げていた。奴は小説家で『Fire marks』という自分の本をいつも肌身離さず持ち歩いていた。ハードカバーの初版だそうだ。

「それ燃やしちまえよ」と俺は言うのだが、初瀬は首を横に振る。俺も本気で言ったわけじゃない。でも本ってのは良い焚き付けになるんだ。薄い紙の束だからな。略奪で最初に無くなったのは食料、次に本だった。今、本屋に入ると出版不況が嘘だったみたいに本棚は空だ。もしかしたら『Fire marks』が世界最後の一冊かもしれない。もう何ヶ月も本を見ていない。

「アッ、アッ、アッーーーーーーッ!」

 俺達が茂みで休憩していると叫び声が聞こえた。バットを手に取り、そっと様子を窺うと、道路の真ん中で若い男が生きながらゾンビに食われていた。

「どうする?」

 俺は初瀬に訊いた。彼は首を縦に振った。

 俺と初瀬はバットを持って、惨状の現場に近付いた。ああ、なんてこった。若い男の生き血をすすっていたのは近所の山田さんだった。俺が住んでいたところからだいぶ離れた場所まで来ていたが、意外なところで出会った。もしかすると旅行か何かで来ていて、この土地でゾンビになったのかもしれない。

「アッーーーー!」

 山田さんは俺達に気付かなかったが男は気付いた。必死の形相で俺達に助けを求めている。脇にバットが転がっていた。山田さんのおでこはへこんでいる。バカな奴。ゾンビを一匹倒したところで意味はない。体力は温存した方がいいのだ。無駄にリスクを背負う奴は遠からず命を落とす。俺達は生き血をすする山田さんをそのままにしてその場を離れた。ゾンビになる前の山田さんが「はぁ~・・・・・・誰かこのイライラを250円ぐらいで買い取ってくれないかな」と言っていたことを何故か思い出した。

 夜になると俺達は『寅壱』という店に潜り込み夜を過ごした。夕食は若い男が持っていたチョコバーだ。

「なあ、時々思うんだ」と初瀬は言った。「もし俺達がまだ行っていない場所で、世界がこうなる前の世界があったら許せないだろうなって」

「俺達が必死こいてゾンビから逃げ回っているのにダークソウルやってましたじゃムカツクよな。俺達はリアルでソウルがダークなのに」

「でもそういう世界がないとしたら絶望じゃないか? 俺達はどこへ行こうとしているんだ。でも俺は世界がゾンビに満ちて欲しいとも思っている。世界中で一人残らず俺達と同じようにゾンビにビビッていて欲しいんだよ。ゾンビのいない場所で安心して眠っていられるなんて許せない」

「そんな気持ちが世界にゾンビを広げたのかもしれないな。もしまだ日常が残っている世界があったなら俺はゾンビを放り込んでやりたいよ」

 それから俺達は交代で眠ることにした。初瀬は焚き火の光で『Fire marks』を読み始める。俺も読むことがあるが、いつも13ページ目で本を閉じてしまう。初瀬はもう何十回も読んでいた。ホントに大したもんだよ。俺なら眠っちまうね。

 それから俺は眠っていたのだが激しく揺り起こされた。ゾンビが来たのかと慌てて飛び上がったが、そんな感じではなかった。でも初瀬は驚いた顔をしている。

「どうしたんだよ」

「人の声がした」

「どこで?」

「ラジオから」

「ラジオだって。そんなもんとっくの昔に放送終了だろ。FMAMも砂嵐しか聞えない」

「でも聞こえたんだよ。周波数をいじっていたら若い男の声が聞こえたんだ」

「夢でも見ていたんじゃないか。しっかりしろよ。寝ている間にゾンビにかじられたくなんかないぞ」

 だが初瀬の言っていたことは本当だった。次の日、初瀬がラジオをいじり続けていると、本当に若い男の声が聞こえた。

「この放送が聞えているか。僕はオオキボウイチロウ。君は一人じゃない。希望はある。僕達はきっとこの災難を生き延びるだろう。安全な場所がある。場所は・・・・・・」

 それから男は地名や、辺りの様子、緯度経度で場所を示した。しかし俺も初瀬にもそれがどこにあるのかは分からなかった。

 放送は何度もあった。午後の
1,3,5,7,11時に定期的に放送される。周波数はFM80.7

FMってことはそう遠くない。もしかしたらすぐそばにいるのかも」と初瀬は言った。

「希望はある。僕達は待っている。それでは今日最後の曲。タイラヒロシさんからのリクエストでパフュームのレーザービーム」ラジオからオオキボウイチロウの声がした。イントロの間にメッセージを読む。

「オオキさんこんばんは。数ヶ月前にゾンビを畑に埋めてマリーゴールドの種を播きました。すると大きな株に育って鮮やかな花が咲きましたよ。ゾンビって良い肥料になるんじゃないでしょうか。次はキュウリで試してみます。・・・・・・そうですか。肥料。でもゾンビで育ったキュウリって食べても大丈夫? くれぐれも無理はしないでくださいね。それでは今日の放送はこれまで。また明日」

 ラジオからパフュームの歌声が聞こえる。それが終わるとラジオは唐突に砂嵐を流すようになった。

 俺達はゾンビ達から逃げながらオオキボウイチロウを探すことにした。遠くの山に電波塔が立っているのが見える。もしかすると山の向こうまで行かなければならないのかもしれない。山の向こうにも電波塔があって、さらに山を越えなければならないのかもしれない。だが行き先があるということが俺達に元気を与えた。

 そして俺達はオオキボウイチロウがラジオで言っていたのと同じ風景を見つけた。『オオキレディオ』と書かれた木の板も見つけた。もうじき彼らのいる場所に着くはずだ。それで俺達は気持ちが緩んだのだろう。

 俺達はゾンビの襲撃を受けたであろう廃墟を見つけた。だがゾンビはもういなかったので、俺達は何か残っていないかと廃墟を漁った。すると、リュックに詰まった食料を見つけた。その中には『加茂錦』という酒も入っていた。これがいけなかった。

 夜になると俺達はうかつにも『加茂錦』を飲んでしまった。最初は一杯だけのつもりだったが、気付けば瓶は空になっていた。

「大丈夫か。酔っぱらってないだろうな」

 俺は眠りにつく前に見張り番の初瀬に言った。

「酔っぱらってねえよ。あれぐらいなんともない」と初瀬は言った。大丈夫ではないと薄々感じていたが、近くにオオキボウイチロウがいるなら、この辺りは安全なはずだと俺は思い込んで、安心して眠りの中へ落ちてしまった。

 俺は嫌な予感で目を覚ました。最初に腐った肉の臭いが鼻を突いた。何が起こっているのか一瞬で分かった。体を起こすと目の前でゾンビが俺に覆い被さろうとしていた。俺はそばに転がっていた『加茂錦』の空き瓶を掴むと、ゾンビの頭に思いっきり叩きつけた。瓶は割れたがゾンビは止まらない。しかし俺は割れた瓶を逆手に持つと、ゾンビの喉に思いっきり差し込んだ。一か八かだったが、うまいこと脳幹に瓶の先が刺さって、ゾンビは動かなくなった。

 俺達を囲むゾンビの群れが焚き火に照らされていた。ジ・エンド。俺はきっとここで死ぬだろう。そういえば初瀬はどこにいる。もう食われたのか。

「お~い、こっちだ。早くしろ~! こっちにはまだゾンビがいないぞ~!」

 ゾンビの群れの向こうで初瀬の声がした。俺はビビッて声を出せなかった。

「お~い、死んだのか~!」

 初瀬が俺を置いて逃げるところを想像して内臓が冷えたが、何故か初瀬はゾンビの群れの中を強引に突っ切って、俺を助けに来た。こんなに勇気のある奴だとは思わなかった。

「早く行くぞ、あきらめるな。まだ抜け出せるチャンスはある。俺の後についてこい」

 初瀬はバットでゾンビを押しのけながらゾンビの群れに突っ込んだ。俺もすぐに奴の後を追った。かなり無茶だったが、俺達は奇跡的にゾンビの群れを抜け出せた。初瀬の言う通り、ゾンビの群れを一つ抜けると、それほどゾンビはいなかった。俺達は危機を脱することができたのだ。

「まったく、しっかりしろよな。危うく死ぬところだった」

 辺りからゾンビの気配が消えると俺は初瀬に声をかけた。初瀬は体を二つに折って苦しそうにしていた。

「おい、どうしたんだよ」

「俺はもう駄目だ。置いていってくれ」

 初瀬は服をめくり上げて、ゾンビに噛まれた脇腹を見せた。血は止まっていたが肉は紫色に変色してゾンビになり始めていた。

「一噛みされて目が覚めた。それで慌てて逃げたんだ、お前を置いてな。でも、どうせ逃げたところで俺はゾンビになっちまうんだ。どうせならお前を助けてから死のうって気になった」

「だからあんな無茶をしたのか」

「意外にいけるもんだな。ゾンビの群れを掻き分けている時、俺はマンガの主人公になった気分がしたよ」

「痛むのか?」

「不思議と痛くない。痺れて心地良いぐらいだ。ゾンビになるのも意外に悪くないのかもしれない。今俺はお前を食べたい気持ちになっているんだ」

 意外な言葉が出てきて俺は身を引いた。

「冗談だ」

「やめろよ、こんな時に」

「最後に頼みがあるんだ」

「ゾンビになる前に殺して欲しいのか」

「そうじゃない。これをお前に受け取って欲しいんだ」

 初瀬は俺に『Fire marks』を渡した。初版のハードカバー。何度も読み返されたので角はボロボロで少し湿っている。

「別に焚き付けに使ってもいいんだ。俺の本が少しでも誰かの役に立ったなら少しは書いた意味があるよな。でも、これは俺のわがままなんだが、もしできることなら、ずっとその本を残して、誰かに読み継がれて欲しいって気持ちもあるんだ」

「最後に燃やすのはこの本にするよ」

「すまない。一度はお前を置いて逃げようとしたのに」

「それでも助けに来たさ」

「もう行けよ。ゾンビになったところをお前に見られたくない」

 俺は初瀬とそこで別れた。それから奴の顔は見ていない。

 運命とは残酷なものでオオキボウイチロウとは二時間後に出会えた。昨日もう少しだけ先に進んでいれば初瀬は死ななかったのかもしれない。もっともオオキボウイチロウ達のところは全然安全なところなんかではなく、追い詰められた人間達が何とか寄り集まっているような場所だった。みんな薄汚れていて、食料はないし、ゾンビ達はしょっちゅうキャンプ地を通り過ぎた。俺達に防衛する力なんてなくて、ただ隠れているしかなかった。運悪くゾンビに見つかって食われた奴は何人もいた。

 現実にヒーローはいない。劇的な結末もない。その後ゾンビ達は腐って大地の肥料になった。あっけない終息。でも世界は終わりかけていた。ゾンビはもちろん追い詰められた人間達が色んな物を破壊したからだ。

 小説家は死んでも作品は残るなんていうが、世界が最悪になってから小説家はみんな死んだし、作品もみんな焚き付けに使われた。残ったのは初瀬明生の『Fire marks』だけだ。

 この世に残された最後の一冊。『Fire marks』は俺達に残された文明の象徴だった。危うく石器時代に戻りそうな時もあったが、俺達は『Fire marks』に救われてきた。全てが元通りにというわけにはいかないが俺達は文明を取り戻したし、これからもそれは続くだろう。

 ちなみに俺はいまだに『Fire marks』を読んだことがない。人類再生の象徴だってのにな。もし読んだ人がいたら、どんな話だったか教えてくれないか?

(おわり)
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